冷たい雨
 雨に濡れた夜の街は、街路灯や車のライトがいつも以上に煌めいて見えるせいか何処となく幻想的で、これは現実なのか夢の中なのか時々分からなくなる。
 空気中の湿度が高いせいかいつの間にか夜霧が発生しており、その存在をアピールするかの様に煌々と灯る街の明かりもぼんやりと霞んで見える。

 先程まで激しく窓ガラスを打ち付ける様に振り続けた雨はようやく弱まったものの、いつの間にか霧雨に変わっている。でもまたいつ雨足が激しくなるか分からない。
夕方の気象情報では、赤道付近で発生した熱帯性低気圧が発達しながら接近していると言う。下手したら台風に成長しそうな勢いだ。この雨はそれとは別だけど、大雨警報が出てもおかしくない位の降雨量だ。もしまだ雨が降り続くなら、今日は本当に早く店仕舞いをした方がいいかも知れない。

 僕はぼんやりと外の景色を眺めていたけれど、視線の先に景色なんて映ってはいない。
 こんな日は、どうしても彼女の事を思い出してしまう。
 あの日の夜の出来事が、あの日の天気が、どうしても彼女との記憶に結び付いてしまう。

 彼女との数々の思い出は、あんなにも色褪せる事なく煌めいているのに、思い出すのはあの日の出来事だ……。
 一人でいると、どうしてもあの日の事を思い出してしまう。
 いつまであの出来事に囚われるのだろう。
 彼女はそれを望んでいない筈なのに、それを僕も分かっているのに、どうしても忘れられないでいる。
 どうしても、忘れたくない僕がいる。

 彼女との思い出を一つたりとも忘れたくない。
 あの当時、僕はまだ高校生だったけれど、彼女への気持ちは本物だった。彼女を失ってから今現在も、彼女以上に愛した女性はいない。大切だと思える女性はなかなか現れない。
 その事に両親は何も言わないけれど、いずれは結婚して孫を望んでいる事は薄々と感じている。

 でもきっと、僕はこれからも、彼女以上に愛する事の出来る女性に会う事はないだろう。

 あの日から抜け殻の様になった僕は、今日までどうやって生きて来たのかすら覚えていない。
 覚えていないと言うよりも、興味がないと言う方が正しいだろう。
 実際、何も興味などないせいで、世界も色褪せて見える。モノクロの世界の中にいると言っても過言ではない。
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