冷たい雨
 加藤さんの背中にそっと梓紗が手を回し、弱々しいながらもその背中を抱き締めている。
 梓紗はまだ生きているのだ。泣いていてはダメだ。

「梓紗、明日から自宅療養なんだろう? 学校の帰りに寄っていいかな?」

 僕は流れ落ちる涙を拭って、梓紗に声をかけた。

「体調が悪くて病院に行ってる時は仕方ないけど、夕方、学校の帰りに立ち寄るから。
 梓紗がしんどくて動けない日は顔を見るだけで帰るから、梓紗、その時間は起きて待ってて」

 僕の言葉に、梓紗は笑顔を見せる。とても柔らかい、僕の大好きな表情だ。
 この笑顔を毎日見たいから、僕は何があっても学校を休まない事を心に誓った。

「由良も……、遼と一緒に会いに来てくれる……?」

 梓紗の問いかけに、梓紗に抱き着いたままの加藤さんが力強く頷いて応えている。

「もちろんだよ。梓紗が寝てても顔見に来るから」

 加藤さんが梓紗をギュッと抱き締めた。
 僕も梓紗を抱き締めたいけれど、流石にここでは無理だろう。まず二人だけになると言う事もないのだから。
 加藤さんと僕。梓紗が大切に想っている人が一緒にいて笑顔でいられるなら、それでいい。

 僕達はその後少しだけ梓紗と一緒に過ごしていたけれど、明らかに体調が悪そうに見えたので、早々に切り上げて梓紗の家を後にした。

 翌日から、梓紗のいない高校生活が始まるのだ。
 教室に置かれていた梓紗の荷物は、体育祭の日に梓紗のお母さんが梓紗を迎えに来た時に一緒に持って帰ったのだと言う。その後、もし梓紗の荷物が出てきた場合、それは久保田先生経由で返却されると言う事だった。

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