冷たい雨
回想─闘病生活─
 梓紗が退学した事は、しばらくの間伏せられる事になった。
 病気療養で地方に転校した事にして、これ以上梓紗の病気の事で変な憶測を呼ばない様にとの配慮だそうだ。
 転校した事にしたのは、亡くなった後の事を考えての事だった。
 転校ならばみんなと今後顔を合わせる事もないし、亡くなった後も、黙っていればみんなに知られる事もない。昔みたいに葬儀も自宅で執り行わなくても、今は通夜も葬儀もメモリアルホールでひっそりと行う事だって出来るから、近所の目も気にならない。仮にメモリアルホールで同級生が名前を見たとしても、同姓同名だと思わせる事だって出来るのだから。

 梓紗は、みんなの記憶の中で、いつまでも元気な女の子として残りたいのだと察した。
 病気で亡くなってしまう事を知られる事は、きっと嫌なのだ。
 僕もその気持ちを尊重したい。
 まだ十五歳、高校一年生とは言えまだまだ世間を知らない子供なのに、周りへの気遣いに驚かされる。

 僕達は梓紗の気持ちを尊重して、毎日梓紗に会いに行く事を約束した。
 体調が急変してホスピスに入院する事になったとしても、病院に会いに行く事を約束した。もし仮に、面会謝絶になっていたとしても……。
 ドア越しに、梓紗がいると感じる事が出来るのならそれでいい。
 梓紗が生きようと頑張ってくれているなら……。

 僕達は、無言で泣きながらひと時を過ごした。

 次の日から、梓紗のいない学校生活が始まった。
 担任も梓紗の最後の嘘を尊重してくれて、みんなには体調不良で梓紗のお母さんの実家のある田舎の高校に転校したと朝のホームルームで告げた。
 教室内は騒然としたけれど、すぐに一限目の授業が始まった事と、中間考査が近いと言う事もあり、梓紗の話題はその時だけで終わった。

 僕も加藤さんも授業が終われば教室から出て、しばらくの間は誰とも接点を持たない様にしていたせいもあり、誰も僕達に声をかける事はなかった。
 きっとクラスメイトのみんなもその辺の空気を読んでくれたのだろう。彼氏と親友を残したまま、病気療養の為に転校した梓紗の事を悪く言う人は誰もいない。それだけで僕と加藤さんは安堵した。

 授業が終わり下校時間になると、僕と加藤さんは急いで帰り支度を始める。
 クラスメイトが中間考査の勉強で分からない所を教えて欲しいと言って来たけれど、それどころではない。少しでも長い時間、梓紗に会いたい。僕と加藤さんの気持ちは同じだった。
 でもここで一緒に下校していたらあらぬ噂を流される可能性もある。だから僕は、加藤さんに遅れて梓紗の家に行くから先に行っていてと耳打ちすると、加藤さんは頷いた。

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