冷たい雨
 僕はクラスメイトからの質問攻めで、三十分も時間をロスしてしまったものの、彼らは梓紗がいなくなった僕に、寂しさを紛らわせようと気を遣っている事が伝わった。こうして僕を一人にしないでいれば、梓紗の事を考えなくて済むと、寂しさを感じる暇がないと思っていたのだろう。
 その気持ちがありがたいと思うものの、梓紗が自宅療養をしていると知らないクラスメイトのお節介に苛立ちも隠せない。

 僕の事は放っておいてくれたらいいのに。
 まるで入学当初の矢探れた心の僕に戻った様だ。梓紗と話をするようになる前の……。

 僕の苛立ちを感じとったクラスメイトは気まずそうにするものの、それに対して相手を気遣う余裕なんて、この時の僕には全然なかった。
 出来るだけ話しかけてくれるなと言う空気を醸し出すだけで精一杯だ。
 余計な言葉を発しない様に、今は出来るだけクラスメイトと接点を持ちたくない。

 僕はごめんと一言だけ呟くと、足早に教室を後にした。
 急いで駐輪場へと向かい荷台に鞄を括りつけると、スタンドを倒してサドルに跨り、ペダルを漕いだ。

 駐輪場の側に植えてある金木犀の花がうるさいくらいに咲き乱れている。鼻がおかしくなる位に匂いがきつく感じる。校内の銀杏の木も、その葉を少しずつ黄色く色染めている。紅葉も段々と真っ赤に色付いているけれど、両方とも落葉にはまだ早い。
 十月の風は、それまでの猛暑を経験しただけに心地よく感じるものの、何だか物悲しい。

 気候の変化でもこんな風にノスタルジックな気分になるのは、やはり梓紗の存在が僕達の中に大きく根付いている証拠だろう。

 僕はペダルを漕ぐ足になお一層力を入れた。

 加藤さんに遅れて梓紗の家に到着すると、梓紗は自分の部屋で待っているとお母さんに案内された。
 梓紗の部屋に上がるのは、思えば初めての事だ。僕は緊張しながら、梓紗の部屋のドアを開けた。
 通された梓紗の部屋は、女の子らしい色合いのカーテンにシーツ、白とピンクで統一されている。
 ベッドや机も綺麗に白で統一されているから、僕は何だか気恥ずかしい。

 学習机に視線を移すと、教科書がそれまで置かれていたであろう場所には何も置かれておらず、何だか不自然だったけれど、それを口にする事は出来なかった。
 一体どんな思いで梓紗は教科書類を処分したのか……。
 それを思うと、僕も加藤さんも迂闊な発言が出来ないでいる。

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