きみはカラフル




その後、彼のオーダーは別のスタッフが聞きにいき、わたしは接客や作業しながらも、優しく浮かんでいる虹色(・・)をこっそりと観察していた。
彼は他のスタッフにもすこぶる愛想がよく、近くのテーブルで乳児の泣き声が大きくなった時もその()に変化はなかった。他の人だったら、表には出さないでも、多少()の形は変わったりするものなのに。
彼は仕事なのか何枚かの書類をファイルから出して目を通していたが、その佇まいも穏やかで柔らかだった。
一貫して、安定している。
ここまでざわめかない()は、はじめてかもしれない。
そんな一連の様子から察するに、この人はとてもいい人なのだと強く感じた。
そして複数の()を持っているのは、彼の感情が非常に良いバランスを保っているせいかもしれないなと、わたしなりの解釈が生まれようとしていた。
まだ数十分という短い観察時間ではあるが、この説は結構有力な気がしていた。



「お待たせいたしました、ブレンドコーヒーと野菜サンドです」

料理をサーブしたのはわたしだ。
こっそり彼を観察しながら、料理のタイミングも窺っていたのだ。
どうしても彼にもう一度接してみたくて。その虹色(・・)を、近くで見てみたくて。

「おいしそうだな。実はランチを食べ損なってたんだ」

「そうでしたか。あ、お飲み物はどちらに?」

何か作業をされてるお客様の場合、その邪魔にならないようにと、飲み物の置き場所は予め確認しているのだ。
彼は「そこでいいですよ」とわたし寄りの位置を指してくれた。

「かしこまりました」

「雨、やみませんね……」

わたしがカップをテーブルに置いたとほぼ同時に、彼が窓を見上げながら呟いた。
敬語だったのだから、それはひとり言ではなく、わたしへの言葉かけだったのだろう。
少し前まで広がっていた青空は、今ではすっかり灰色に着替えている。
暗く、陰鬱な気配を漂わせて。
わたしは沈んだ調子の声で、

「さっきまで晴れてたのに、真っ暗ですね……」

と返事したが、彼は窓から振り向くと、ニッコリ微笑んだ。










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