約束
2
告白してきた彼女は戸田胡桃。
24歳。
隣の部署につとめているらしい。
胡桃はあわてて名乗って、そのまま祐一のカノジョになった。
その時、頬が真っ赤になって、その恥ずかしがる姿が祐一の目に焼き付いた。
『初めてなので』という言葉が変に心に残り、祐一は何となく落ち着かない気がしていた。
祐一は中学生の時から、男に慣れた子とばかり付き合ってきた。
清楚な子は決定的にグループが違うというか、接点がなかった。
こちらも避けるし、あちらもかかわってこないもんだ。
胡桃は間違えてるんじゃないかと思う。
付き合う相手を。
祐一は、告白されてから、気づくとそんな事ばかり考えていた。
つまりは、新しいカノジョの胡桃の事ばかり考えていた。
そういえば、あれからなんの連絡もないし、次も決めてない。
からかわれたんだろうか、とふと思ったりした。そんな感じはしなかったが。
こちらから会いに行った方がいいのか、まさかオレが? と、モヤモヤしていた、告白から数日後。
朝から何だか視線をかんじる。
廊下を移動中も、デスクにいる時も、昼もどこ行っても、ちらちら、胡桃がいるんだけど。
なんかしらのカノジョの反応に、ちょっとほっとしながら、わざとため息をついて、彼女の目の前に行った。
「なに? 朝からずっと? 」
「はっ!えっと、えっと、いえ、気がついてしまって⋯⋯ 。『約束』せずに、いったいどうやって、会えばいいのかなって。偶然を演出しようと思ったんですけど、ばれてました? 」
(そんなこと、マジで言ってんの? )と思って、でも、全く嫌な気はしなかった。
「予定はいいんじゃない? 」
「はい? 」
「約束にふくめないから」
「そうなんですね! わかりました! 」
と笑顔になった。
言う事を守ろうと素直で一生懸命なのが⋯⋯ なんていうか、ちょっとクセになりそうだと思った。
付き合いは順調だった。
普通に考えたら。
彼女には嫌なところがない。
意図せずでも胡桃を思ったら、ちゃんとその気持ちは綺麗に祐一に返ってくる。
素直に反応してくるから、余計な気を遣う必要がないし、祐一も嫌な事をしてしまわなくてすむ。
まるで、ちゃんとした男みたいじゃないか?
好ましいと感じて、カノジョに思われて。
でも、
こんな事だめなんじゃないか、と今までの自分が腹の奥底から黒く口を開けて広がるように込み上げてきて、不安になる。
おれは彼女を傷つけるに違いないから。
そんなちゃんとしているはずがないから。
何度目かのデートの後、電車に乗るために、夜の公園を歩いた。
柔らかい電灯の光が、等間隔にならんだ順に彼女の顔を照らしていく。
不意に、肩を抱きよせた。
胡桃は驚いて、目を見張った。
何だか奥底から込み上げてきて、
「目が落ちちゃうよ」
とあり得ない発言をする自分に驚きながら、祐一は酔いしれている。
両手で彼女の柔らかい頬を包み、目が落ちないように支えてしまう。
愛おしさに、そっと彼女の唇を指で確かめ、そのあまりの柔らかさと甘さと、胡桃の唇のカタチに全てを忘れて、口付けた。
こんな熱い気持ち、初めてだった。
たかがキスなのに。
頭の中まで痺れるように胡桃でいっぱいになった。
でもキスより先に、とてもじゃないけど、手が出せなかった、いや、出してはいけないと思った。
彼女はそんな事、オレにされるべきじゃない。
なのに、欲しい気持ちが、奥底から湧き上がり、こんなに何かを欲したことはなかったと思う。
体だけじゃなくて、心も。
胡桃の真っ直ぐ見る目から、彼女の奥底まで続いていて心まで見えるような
隠すことのない素直さが祐一にささる。
はじめて、女性を自宅マンションの部屋に入れた。
オレが胡桃に警戒する事はないが、胡桃はオレに警戒すべきだと考えながら。
でも、胡桃がはにかむ笑顔で、くつろいでいる。
はにかむ、って初めて見たかも、と見惚れる。
そして、これをめちゃくちゃにしてしまうのかも、とまた思ってしまった。
この信じた笑顔を裏切らないはずがない自分だった。
必ずや裏切るじゃないか。
だから最初から言ってるんだ。
そうしてしまわないようにと。
彼女が最初に言ったこと、
『一つだけ、お願いを聞いてもらっていいですか? 』
胡桃にされてオレが嫌な事をしない、だっけ?
それが頭にぐるぐると回りながら。
祐一は、そこに胡桃がいるのに、どんどん遠く離れて、1人声も出さずに溺れていくような気分だった。
一緒にいながら、祐一は胡桃から距離を置いた。
告白してきた彼女は戸田胡桃。
24歳。
隣の部署につとめているらしい。
胡桃はあわてて名乗って、そのまま祐一のカノジョになった。
その時、頬が真っ赤になって、その恥ずかしがる姿が祐一の目に焼き付いた。
『初めてなので』という言葉が変に心に残り、祐一は何となく落ち着かない気がしていた。
祐一は中学生の時から、男に慣れた子とばかり付き合ってきた。
清楚な子は決定的にグループが違うというか、接点がなかった。
こちらも避けるし、あちらもかかわってこないもんだ。
胡桃は間違えてるんじゃないかと思う。
付き合う相手を。
祐一は、告白されてから、気づくとそんな事ばかり考えていた。
つまりは、新しいカノジョの胡桃の事ばかり考えていた。
そういえば、あれからなんの連絡もないし、次も決めてない。
からかわれたんだろうか、とふと思ったりした。そんな感じはしなかったが。
こちらから会いに行った方がいいのか、まさかオレが? と、モヤモヤしていた、告白から数日後。
朝から何だか視線をかんじる。
廊下を移動中も、デスクにいる時も、昼もどこ行っても、ちらちら、胡桃がいるんだけど。
なんかしらのカノジョの反応に、ちょっとほっとしながら、わざとため息をついて、彼女の目の前に行った。
「なに? 朝からずっと? 」
「はっ!えっと、えっと、いえ、気がついてしまって⋯⋯ 。『約束』せずに、いったいどうやって、会えばいいのかなって。偶然を演出しようと思ったんですけど、ばれてました? 」
(そんなこと、マジで言ってんの? )と思って、でも、全く嫌な気はしなかった。
「予定はいいんじゃない? 」
「はい? 」
「約束にふくめないから」
「そうなんですね! わかりました! 」
と笑顔になった。
言う事を守ろうと素直で一生懸命なのが⋯⋯ なんていうか、ちょっとクセになりそうだと思った。
付き合いは順調だった。
普通に考えたら。
彼女には嫌なところがない。
意図せずでも胡桃を思ったら、ちゃんとその気持ちは綺麗に祐一に返ってくる。
素直に反応してくるから、余計な気を遣う必要がないし、祐一も嫌な事をしてしまわなくてすむ。
まるで、ちゃんとした男みたいじゃないか?
好ましいと感じて、カノジョに思われて。
でも、
こんな事だめなんじゃないか、と今までの自分が腹の奥底から黒く口を開けて広がるように込み上げてきて、不安になる。
おれは彼女を傷つけるに違いないから。
そんなちゃんとしているはずがないから。
何度目かのデートの後、電車に乗るために、夜の公園を歩いた。
柔らかい電灯の光が、等間隔にならんだ順に彼女の顔を照らしていく。
不意に、肩を抱きよせた。
胡桃は驚いて、目を見張った。
何だか奥底から込み上げてきて、
「目が落ちちゃうよ」
とあり得ない発言をする自分に驚きながら、祐一は酔いしれている。
両手で彼女の柔らかい頬を包み、目が落ちないように支えてしまう。
愛おしさに、そっと彼女の唇を指で確かめ、そのあまりの柔らかさと甘さと、胡桃の唇のカタチに全てを忘れて、口付けた。
こんな熱い気持ち、初めてだった。
たかがキスなのに。
頭の中まで痺れるように胡桃でいっぱいになった。
でもキスより先に、とてもじゃないけど、手が出せなかった、いや、出してはいけないと思った。
彼女はそんな事、オレにされるべきじゃない。
なのに、欲しい気持ちが、奥底から湧き上がり、こんなに何かを欲したことはなかったと思う。
体だけじゃなくて、心も。
胡桃の真っ直ぐ見る目から、彼女の奥底まで続いていて心まで見えるような
隠すことのない素直さが祐一にささる。
はじめて、女性を自宅マンションの部屋に入れた。
オレが胡桃に警戒する事はないが、胡桃はオレに警戒すべきだと考えながら。
でも、胡桃がはにかむ笑顔で、くつろいでいる。
はにかむ、って初めて見たかも、と見惚れる。
そして、これをめちゃくちゃにしてしまうのかも、とまた思ってしまった。
この信じた笑顔を裏切らないはずがない自分だった。
必ずや裏切るじゃないか。
だから最初から言ってるんだ。
そうしてしまわないようにと。
彼女が最初に言ったこと、
『一つだけ、お願いを聞いてもらっていいですか? 』
胡桃にされてオレが嫌な事をしない、だっけ?
それが頭にぐるぐると回りながら。
祐一は、そこに胡桃がいるのに、どんどん遠く離れて、1人声も出さずに溺れていくような気分だった。
一緒にいながら、祐一は胡桃から距離を置いた。