元書店員ですが、転生したら貴族令嬢になっていました!

13.① いざ厨房へ参ります!

 手渡された扇子は、まさに私が先ほど思い描いたもので、とはいえふんわりとした白い羽のついたお洒落なものであった。

「それをこうバサッとやってね、口元を隠して喋るときがあるわけよ、内緒話するときとか」

 エリックが、手ぶりで、バサッ! を再現する。私も見様見真似で手を上下に振って扇子を開いた。

「そうそう、うまいね!」

 褒められました。ふっ、伊達に落語がある国からやってきたないのだよ。しかしこのように使ったのは初めてですが。

「なるほど……」

 扇子は口元を隠すのみならず、高貴な方が下賤なものを指し示すときに使ったり、汚れたものを直接触らないように扇子を使って触ったりなどなど、用途はめちゃくちゃあるらしい。なるほど。直接自分の手で掴んじゃいけないようだ。自分の手で掴んだ方が絶対に確実だし、早いのに。そもそも貴族令嬢は公の場では手袋をするものらしい。

 覚えることがたくさんあって、私は扇子を手の中で弄びながら、遠い目をしてしまったのである。

 ☆☆☆

 しばらくして侯爵がダイニングルームに入ってきて、それを機にディナーが始まった。

 侯爵と兄は久しぶりに会うらしく、近況報告も兼ねて楽しげにとても会話が弾んでいる。養子の兄をこれだけ可愛がっている侯爵は絶対めっちゃいい人、という認識を新たにする私であった。

 そして今日もメシマズテロは続いている……!

 一瞬ビーフシチューかと思ったような色合いのスープだったのだが勿論デミグラスソースではなく、とろみもないし、今日も基本的に、素材に塩味、である。じゃあなんで黒いの!? なんの黒なの!? 侯爵家には家の中のことに采配を振るう侯爵夫人がいらっしゃらないからこういうメシマズ状態に甘んじているの? それともこの世界ではこのご飯が普通なの?
 私が、昭和のスポコン漫画の登場人物であったらちゃぶ台ごとひっくり返している出来である。

(ああ……味噌汁とご飯食べたいな……ご馳走じゃなくていいからさ)

 なるべく顔に出さないように努力はしていたつもりだが、もしかしたら思わずため息が溢れてしまっていたのかもしれない。

「リンネ、ここの食事は口に合わないのかい?」

(はっ、侯爵にばれてしまった……)

 慌てた。が、慌てると余計に本心があふれ出す。

「作っていただいてこんなことを言うのは大変心苦しいのですが…私が食べてきた食事とあまりにもかけ離れていて、ちょっと辛いというのは否定できません」

「うは、丁寧に拒絶!」

 エリックが笑っている。侯爵はふむ……とカトラリーを優雅にお皿に置くと、何事か思案している。

「アリアナは厨房に入ったこともなかったが、リンネはきっと料理ができるんだろうね? 自分で作ってみるかい? その方が君が好きなものが食べられるだろう」

 リンゴーンリンゴーンと未来が開ける鐘の音が脳内で響いた! 
 この侯爵って……本当になんていい人なの!

「えっ! いいんですか!?」

「もちろん。食事が合わないのは辛いだろうからね。すぐに料理長に言っておこう。」

「じゃ、じゃあ明日の朝からいいですか!?」

「いいとも、レッスンに影響ないようなら何時に厨房に入っても構わないよ」

 私は嬉しくなって思わず笑顔になり、何度もありがとうございますと言った。侯爵も兄も私の心から喜ぶ姿を、それはそれは嬉しそうに見守ってくれていた。

< 15 / 68 >

この作品をシェア

pagetop