元書店員ですが、転生したら貴族令嬢になっていました!

20 ① 違和感があります! ※ヴィクター視点

 昔から知っていると思っていたのに、初めて会った気がした。

 シュワルツコフ家のアリアナといえば、陶器のような美貌にぴくりとも動かない無表情な顔が特徴で、幼馴染だというのに、交わす会話と言えば挨拶の一言二言だけだ。なので、好きでもないし、嫌いでもない、正直まったく興味もない。要は、他人と同じだ。

 妹のシュザンナはアリアナと年も近く同性ということで、一緒にいなければならない時間というものが俺よりも多く、苦痛でしかないという感情を持ちながらも、立場上仕方なく付き合っていたようだが、俺や兄はその役目からは有難いことに免除されていた。

 エリックとは昔から気が合ってずっと仲良くしていたが、彼もアリアナを疎んでいたのを隠そうともしていなかった。

 アリアナには他人への特別な感情がないように思えた。――なので、エリックからアリアナがスキャンダルを起こして、自殺未遂をし、睡眠薬を大量に飲んで目覚めない――という話を聞いたときには、あのアリアナに恋愛感情なんて存在したのか、と彼女の心配をするより、そちらの驚きの方が大きかった。

 そのアリアナが回復し、今日の兄の婚約披露パーティにやってくると聞いたときも何とも思っていなかった。それが侯爵とエリックに伴われてやってきた彼女を一目見かけた時に、度肝を抜かれたのだ。

(彼女に温度がある―――)

 もともと整いすぎるほど整った美貌を持つアリアナが微笑む、たったそれだけでどれだけのインパクトがあるかなんて今まで考えたこともなかった。しかも不思議なことに、今まであれだけ忌み嫌っていたはずのエリックが自然な感じで彼女をエスコートしている。エリックのことはよく知っている――人当たりはとてもいいが実は腹黒い――ので、それにも目を瞠った。


 エリックにわざわざ話しかけに行ったのも、二人があまりにも仲睦まじく見えたからだ――まるで本当の兄妹のように。そして近づいただけで、アリアナが今までの彼女と全く違う様子で、それだけで何故か俺は激しく狼狽してしまった。真実を知りたいという俺の魂胆がわかっているかのように、エリックは中座し、このチャンスを逃すまいと彼女に話しかけると、明らかに困っていた様子だったが毅然と受け答えをする。俺のちょっと意地悪な質問にも、

『では明日は嵐かもしれませんわね』

 にっこり微笑んだ彼女の顔がどれだけ綺麗なのか―――
 思わず息を飲むほどに。そして同時に彼女の手が微かにだが震えていることにも気づいた。

 すぐにエリックが戻ってきて、俺のことを責めだすからそれにまた驚く。おいおい、お前今までアリアナのことはほったらかしだったじゃないか。彼から部屋を所望されたので、彼が何かを話してくれるつもりだということが分かった。

 そのあとも驚きの連続だった。


 招待客の令嬢たちが見苦しい諍いを起こした後、ワイングラスの破片を片づけ始めたメイドが手を鋭く切ったときにアリアナがさっと動いて、汚れることを躊躇うことなく白いハンカチを彼女に渡した。その時のアリアナの顔は、かつてみたことがないほど毅然としていて、美しかった。すぐに彼女は自分のしたことに気づいて青ざめ、エリックがそれはそれは優しく宥めている。俺は文字通り呆然としていた。


 これは誰なんだ?

 
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