元書店員ですが、転生したら貴族令嬢になっていました!

37.① これからもずっと ※ヴィクター視点

 凛音が運河に沈む夕日を眺めて、その表情を緩めた。

(お前の方が綺麗だ)

 俺は凛音には分からぬようにこっそり露店で買い求めていた銀細工のブレスレットをポケットの中で握りしめた。男の瞳と同じ色をした石――俺の場合は黒水晶と言ったか――を嵌めたブレスレットを意中の女性に送るのが今流行の貴族の風習だ。今までそんなくだらないこと、と鼻で笑っていたのに、凛音には贈りたくなるのだから俺の現金さたるや、自分でも呆れるくらいだ。

「凛音」

「なぁに?」

 アリアナと同じ、しかしアリアナより若干低く感じられる声。アリアナと同じ、でもそれよりも美しくきらめく瞳が俺を見上げる。今まで凛音とアリアナを重ねたことは一度もなかったけれど。

「実は王太子に新たな仕事を頼まれた――数年は各地を転々とすることになる」

 勿論、初耳の彼女は目を見開いた。俺は知っている、彼女は間違いなくこういうだろう。

(いってらっしゃい、だ)

 別世界から来た凛音は、この国の一般的な貴族令嬢とは違い男に精神的に頼ることをしない。もしかしたら別世界からきたからだけではなく、凛音の性格かもしれないが、とにかく彼女は自立していると思う。
 勿論その強さに惹かれたのは否定しない。きっと俺が待っていてくれ、と言ったら、彼女は侯爵邸でずっと待っていてくれるだろう。どれだけ内心寂しかったとしても、朗らかに。

 求婚をすることを決め、会う機会が増えてからも、何回も凛音が寂しそうにため息をついている姿を見たことがある。ある時は庭園を眺めて、ある時は料理をしながら。
 
 そんな時はきっと元の世界について考えているのだろうと簡単に予想がついた。彼女に聞いたところによると、元の世界では本屋で働いていたとかで仕事は充実しており、今は恋人はいなかったようだが、友達はたくさんいて、家族も健在だったようだ。この世界に馴染んではいるものの、置いてきたものはあまりにも大きい。

 そんな彼女が、元に戻るより俺の傍にいたいと言ってくれた。だから俺は出来る限り彼女に寄り添って、彼女が寂しさを少しでも感じないように幸せでいっぱいにしたいと思っている。

「安全のことを考えたら、本当だったらすぐに結婚せず、婚約者のまま、侯爵邸に置いていったらいいんだろうが……そうすることは俺には出来ない」

「え?」

 さすがに戸惑ったのか、凛音が首を微かにかしげた。

「普通の貴族令嬢だったら、夫の仕事について回るようなことはあまりないんだが――俺はお前を妻として一緒に連れていきたい。お前なら自分のことは自分でなんでも出来るし、一緒について来れるだろう。王太子にはもう許可をもらった」

 彼女がなんて答えるかを息をひそめて待つ。俺の仕事のことを思って、理性的に別離を俺に諭すだろうか。
 祈るように見守っている俺の目の前で、彼女の美しい顔に心からの笑顔が浮かんだ。

「嬉しい」

凛音が囁いた。

「私、ヴィクターとずっと一緒にいれるんだね」

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