夏の花火があがる頃
第8話 夏が来た証拠
 FURADAのショップは繁盛しているようだった。

 あのイベントを境にめぐみの姿は見かけなくなった。

 彼女は今いったいどこにいるのだろう。

「あ!この間の」

 突然声がして振り返ると、めぐみが倒れた時に協力してくれたFURADAのスタッフの人だった。

 横には自称めぐみの恋人と発言した男も一緒に立っている。

「あ、どうも」

 なんとなく気まずい気持ちになったが、今、自分とめぐみは全く縁もゆかりもない間柄だと相手は思っている。

 隠れる必要もないのだが、めぐみがこの件で嫌な思いをしなければいいと思った。

「この間、この方が篠原さん運んで下さったんですよ。お知り合いなんですよね?」

 横にいる自分の上司が、まさかその篠原さんと付き合っているなど夢にも思っていないその男は、あっさりと悠也とめぐみの関係を暴露した。

「そうなんですね。その節はありがとうございます」

 顔色一つ変えず、めぐみの恋人は悠也に挨拶をした。

「いえ、こちらこそ……なんかすみません」

「慎吾さんですか?」

 彼のその言葉に、悠也は自分の身体が硬直したのがわかった。

 まだ、彼女は慎吾の件で囚われている。

 それが痛いほど伝わってきた。

 そして、この男はそのことを知らない。

 知らされていない。

 だから、付き合える。

「……いいえ。沢口悠也と申します」

 言葉に詰まりながら、悠也は自分の名前を彼に告げた。

 彼は、悠也の名前を聞いた瞬間、しまったという表情を一瞬浮かべ、柏木亮と書かれた名刺を差し出した。

「大変失礼しました。柏木亮です。彼女とお知り合いだったんですね」

「ああ……大学時代に同級生だったので」

「そうだったんですか」

 当たり障りのない会話が続く。

 きっと彼は、喉から手が出るほど慎吾という名前の男の存在が気になっているはずだ。

 途方もないほどの優越感が、悠也の中から溢れ出すのを彼は感じた。

 めぐみが伝えていないことを、自分は知っている。

「なんだか、せっかく助けて頂いたのに、色々と失礼を働いてしまってすみません」

「全く気にしてないですよ。俺も最初にお話しした時言えばよかったです。まさかと思いまして」

 それではと会釈をしてその場を去る。

 彼女の幸せを祈っているはずなのに、彼女がこの男に自分の心をさらけ出していないことが嬉しかった。

 ただ、一つ気になること。

 彼女の発作は大丈夫なのだろうか。

 もうすぐ夏がやってくる。
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