夏の花火があがる頃
 辺りがすっかり暗くなったところで仕事を一旦やめた。

 時計の針は、既に十七時から四時間以上も過ぎている。

 残業代が自分の給与に反映されるとはいえ、日を跨ぐような仕事を続けていくつもりはなかった。

 明日のミーティングの資料も作り終えたし、早めに帰ってゆっくりしたかった。

 突然人が辞めたので、その人の仕事も引き継がなくてはならなくなったのが痛い。

 明日の朝早くに来て仕事をすればいいと思いつつも、あと少しとキーボードを打ち続けているうちに時間が過ぎてしまうことがしばしばだ。

「お疲れ様です」

 飯塚が淹れたばかりのコーヒーを両手に、悠也の隣に座った。

「ありがとう。でも俺、もうすぐ帰るんだよね」

 優しくしすぎず、冷たくしすぎず、離れて、離れてというのは、会社の人と付き合うときのルールだった。

 共にチームを組むとはいえ、プライベートまで一緒にいるつもりは毛頭ない。

「すいません。捨ててもいいです」

 顔を真っ赤にして、飯塚は去って行った。

 机の上に置かれたコーヒーを眺める。

 健気な気持ちは少しだけ有難いと思うのと同時に重たい。

「罪な男〜」

 中村が見ていたようで、ヒューっと口笛を吹く。

「やめてくださいよ」

「いいじゃん。飯塚ちゃんかわいいし、おっぱいも大きいよ」

「自分の部下に対して、何て目で見てるんですか……本人バレたらセクハラで訴えられますよ」

「沢口は潔癖だよな。そういうところ」

 中村はからかうような視線を投げかけてくる。

 潔癖だろうと何だろうと、会社の人間に対してそんな風に見れないのだから仕方がないだろう。

 それに、すぐに恋愛だの何だの考える人種のことを、悠也は軽蔑していた。

「でも、普通に惚れるよな。仕事が出来て、優しくて、フォローも上手くて、女っ気もない。俺でもいけるかなと思うわ」

 悠也の聞えよがしのため息を、聞かなかったことにしたのか、中村はウンウンと頷きながら言った。

「……」

「沢口ってストレスどこで発散してんの?」

 能天気な先輩の質問に「お疲れ様です」と返事をする。

 置いていったコーヒーは誰かが始末するだろう。

 六月も終わりを迎えようとしていた。

 これから本格的な夏に入る。

 水たまりを避けながら、駅までの道のりを歩いた。

 厚い雲の隙間から、蠍座が見える。

 大きな蠍は、夏が来たという証拠だった。
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