夏の花火があがる頃
 夏の北海道は涼しかった。

 同じ夏だというのにも関わらず、バンコクも東京も北海道も全く異なるものだ。
 
 初日は札幌市内の観光に時間を使った。

 旭山動物園に行き、テレビ塔に登って、公園で日向に当たった。

 静かなで穏やかな時間だった。

「なあ、明日小樽に行こうぜ」

「……」

「どうした?」

「……うん」

 歯切れの悪い返事が来たので、「嫌だったら無理すんな」と悠也はめぐみに伝えた。

「嫌じゃないけど、大丈夫」

「大丈夫じゃないやつの台詞だから、それ」

「ごめん……」

「ごめんはなし」

「うん……。でも大丈夫だと思う」

 沖縄の方が良かったかもしれないと悠也は思った。

 彼女の生まれ育った場所に行けば、彼女の何かヒントを得ることができるかもしれないと思ったのだ。

 しかし、わざわざ痛めつけるような方法で彼女の心に触れる必要はなかったのかもしれない。

 小樽で何があったのか知らないけれど、彼女はそこに行きたくないという表情を浮かべていた。

 人の表情を読み取って、先回りするのは悠也の癖だ。

「寿司食いに行くか」

「その冊子に載ってる店は高いからダメ」

「えー」

「やっぱり諦めてなかった」

「だって、俺回らない寿司屋以外行ったことないもん」

「何それ。贅沢者」

「大丈夫だって。足りなかったら、俺もお金応援するし」

「そういう問題じゃないの」

 夜になって、部屋に入る。ダブルベッドの中で抱き合うようにして眠った。

 本当は二部屋取ろうとしていたのだが、突然の旅行だったので一部屋しか取れなかったことにしておいた。

 本当は、悠也がめぐみと一緒の部屋に泊まりたかっただけだ。

 めぐみは比較的に落ち着いて眠りについたようだった。

 それがとても安心した。

 逆に悠也が眠れなくなり、スマートフォンをいじっていると、萌から着信が何件も入っていることに気がついた。

 おそらく翔がめぐみの件を萌に話してしまったのかもしれない。

 別れ話をしているはずなのにも関わらず、彼女がここまで感情的に何度も電話をしてくるということは、そういうことだ。

 今返事をして、また夜中の三時まで話に付き合わされるのはゴメンだった。

 結婚しているわけでもない。

 彼女にそこまで悠也を束縛する権利はない。

 悠也はその着信を見なかったことにして、スマートフォンをカバンの中にしまった。
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