夏の花火があがる頃
第15話 失ったのは
 小樽に行きたいと言われた時に、慎吾の時のように発作が出たらどうしようと困惑した。 

 しかし、今回の旅が自分と慎吾の向かう最後のチャンスを悠也がくれていると思ったので、甘えずに立ち向かってみようとめぐみは思い始めていた。

 彼の人生をこれ以上、自分の我儘で振り回していいはずがない。

 夜中に目が覚めた時、彼のスマートフォンには彼女らしき人からの着信で溢れていた。

 悠也はため息をついてその電子機器をカバンの中にしまっていたが、めぐみの脳裏にはしっかりとこびり付いていた。

 誰かの人生を犠牲にして、自分はここに立っているのだ。

 君は一生このままそうやって他人を傷つけて、拒絶して生きていくのか?

 柏木の言葉が頭の中に蘇る。

 拒絶したいと思ってはいなかったが、このままおんぶに抱っこで悠也の人生を踏みにじるような形になるのだけは違うと思った。

 日常から離れて、少しだけ頭がすっきりする。

 だからこそ、小樽に行こうと思った。

「ここでね、お母さんが自殺したの」

 静かに伝えると、悠也は驚いたような表情を浮かべていた。

 母が死んだと分かったのは、夏祭りから三ヶ月後だった。

 夏祭りの次の日に母は失踪した。

 きっとめぐみが悪い子だったから、いなくなってしまったのだと思っていたし、苛立ちを隠せなかった父からは、八つ当たりをするように「お前のせいだ」と言われた。

 三ヶ月後、警察からの電話で遺体が発見されたと電話が来た。

 レンタカーを借り、そのまま小樽の海に突っ込んだとのことだった。

 水死体は子供のめぐみに見せてはもらえなかった。

 父は確認したらしく、水分を吸ってすっかり膨れ上がっていた左手の薬指にはめられた結婚指輪が、自分の妻であることの証明だった。

 形ばかりの葬式をあげて、銭函から野幌へと引っ越した。

 まるで夜逃げをするようだった。

 最低限の荷物をまとめさせられて、母の思い出は全てそこに置き去りだった。

 何が理由なのか未だにわからなかった。

 ただ、ある夜に酔った父親が「お前のせいだ」とぼそりと言った。

 母が死んだのはめぐみのせいになった。
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