『異世界で本命キャラと恋に落ちたい。』
 頭を撫でられているような、暖かな感触。いつか感じたような心地よい微睡みだ。大きな手が髪の上から下へ滑って、優しく撫でてくれるのがすごく気持ちよくて安心する。
 ふいに暖かい感触がなくなって、目をあけると周りが明るい。太陽の光。陽がある時間なのかな。どうやら、例によってベッドの中のようだ。
 穢れを祓って消耗したからか、体はまだだるいし、頭もぼんやりする。どれくらい寝ていたんだろう?
「……おなかすいたな……」
 再び目をつぶって呟いたら、上からくつくつと抑えた笑い声がふってきた。
 びっくりして再び目をあけると、枕元にテオドールが座っている。うわあ、なんでいるの?! ものすごく寝起きだし、今のを聞かれてしまった! 恥ずかしくて思わず布団をかぶり直してしまったけど、逆にここからどうしよう?
 まだ少し笑いながら、テオドールはぽんぽんと布団の上から私の頭のところを軽く叩く。あの、これはこれですごく恥ずかしいんですけど?!
「水飲むか?」
「……もらう」
 のそのそと固まった体を起こして、差し出されたコップを受けとり中身を飲み干した。どうやらすごく喉が乾いていたようだ。テオドールが水さしからもう一杯注いでくれる。
「ありがとう、テオドール」
「何か食べるものも持ってくるか?」
「あ、あとでいい……」
「その方がいいかもな。三日間眠ってたんだ」
 三日も?! 浄化の後こんなに眠ったのは初めてだ。あれからどうなったんだろう。
「ちょっと待ってろ」
 テオドールは立ち上がり、部屋の外に向かって目を覚ましたぞ、と声をかけた。
「ユウキさん! 目が覚めて本当に良かったです」
 テオドールの呼び掛けに、バルトルトとお母さんが部屋に入ってきた。……それになんと、お父さんも一緒だ! お父さんは半分魔物化が進んだ状態……というより、あのまま止まっている姿、というのが正しいかもしれない。
 皮膚の鱗は無くなっていたけれど、角に尻尾、翼は生えたままだ。確か完全に魔物化するとドラゴンのような姿だったから、今は半竜人という状態だろうか。この世界に亜人種はいないはずだから、とても珍しいのでは。
「この翼、本当に飛べるんだぜ?」
 かっこいいだろ? とお父さんはいたずらっぽくニヤリとした。飛べるか試してみたんだ……。でも、素直にかっこいいと思ったので頷いておく。まさにファンタジーを体現したような見た目で、もとが呪いなのでこう言っていいのかわからないけれど、お父さんの雰囲気にこの竜人姿はすごく似合っている。
「大きな穢れの力は体の中に有るみたいだが、あったかい何か……たぶんお嬢ちゃんの魔力だな。そいつにくるまれて守られてる感じがする。
あれから意識が遠退くことが無くなったんだ」
「このひとの魔物化を止めてくれてありがとう。
こうして久しぶりに外で顔を見ることができたわ」
「まだしばらくは様子見で洞窟暮らしだけどな」
「そうね」
 うふふと笑うお母さんは本当に嬉しそうで、テオドールとバルトルトも二人のやりとりを目を細めて見ている。
 確かに、体の中に穢れの気配はあるけれど、小さくなっていてあふれでるような感じはしない。呪いはまだそこにあるようだけれど、ひとまずあのまま封じ込めることは成功した、のだろうか?
「日の光をまた浴びられるとは思わなかったぜ。ありがとうな、お嬢ちゃん」
 お父さんは、優しく笑ってくしゃくしゃっと頭を撫でてくれた。微睡みの中で感じた手とは違うけれど、同じように大きくて心地よい手だ。とりあえずあの場は何とかなったようで、本当に良かった。
 と、安心したら、私のお腹からぐぅと音が鳴った。
「それだけ元気に腹の虫が鳴るなら大丈夫だな」
「温かいスープを作ってあるから、持ってくるわね」
 ひえーーー恥ずかしい、、すごく部屋に響いたよ、空気を読みすぎだよ私のお腹。お父さんとお母さんは楽しそうに笑いながら部屋を出ていった。
「……まあ、そういうわけだ。」
「ユウキさん、父上を助けていただいてありがとうございました」
 改めて、二人は揃って私に頭を下げた。
「あの、でも、一時的かもしれないし、呪いは完全に解けたわけじゃないから……」
「ですが、父上は魔物化に苦しむ時間が減り、外に出られました。私たちの旅の間呪いが受け継がれる可能性も低くなったと思います」
 どうか感謝させてください、と言ってバルトルトはもう一度頭を下げる。
 ……でも、私は私の見たくないことが起きないように動いてしまっただけだ。スピカを助けようと考え無しに炎に飛び込んだときと同じ。上手くいかなかったらお父さんはそのまま命を落としていたかもしれない。助けたいと思った人まで傷つけてしまったら意味がないと、今更ながら痛感した。ここにいるのは、皆の役に立つためなのに。
 うつむいた私の頭を、テオドールが優しくこつんと小突いた。
「何か気にしてるみたいだが、そんなのはどうだっていいんだ。
 お前がなんて考えていようと、この世界に来て穢れを祓って、父上やスピカ……他にもたくさんの人を救ってくれた。この世界の人間にとっては、その事実だけで十分だろ」
 テオドールの言葉に、バルトルトも頷いて肯定した。
「お前の意志を無視した召喚なのは承知だ。
それでも、お前がこの世界に来てくれて良かった。
 ……ありがとう、ユウキ」
 この世界に来て良かった、と、そう言ってもらえて。自分の中でずっと気にかかっていたものの正体に気がついた。そうか、私はこの世界に来て良かったのか物語に介入なんてしていいのか、自分はただの部外者なのにと、ずっと感じていたのだ。
 大好きな人たちの大切な人を救うことができて。無駄ではないのだと、認めてもらえた気がして。胸が一杯になる。嬉しいけれど、苦しい。でも嬉しい。私はただ、私の存在を肯定してもらいたかった。目からだぱーっと涙が出てくる。私はここに居てもいい。
「ありがとう二人とも……」
 誰かを助けたいと思うなら、可能な限りその確率を上げたいなら、私はもっとしっかり考えなければいけない。勇敢と無謀は違うのだから。
 壁にノックの音がしたと思ったら、スピカが部屋に入ってきた。スピカは私が泣いているのに気がついて急いで近づいてくる。私の顔を心配そうに見上げたあと、テオドールに向かってキッとした目をして睨んで立った。
「おいおい、俺が泣かせた訳じゃ……」
「ほぼ兄さんのせいですね」
 バルトルトは笑いながら涙を拭く布を渡してくれた。
「俺たちの『神の御使い』殿にお礼を言ってたんだよ。
いつも穢れを祓ってくれてありがとうってな」
 本当にそうなの?と 確認するようにスピカがバルトルトを見上げるので、思わず私も笑ってしまった。彼女の中ではテオドールよりバルトルトが信頼できるらしい。
 バルトルトが頷くと、スピカはありがとうと口を動かして、ぎゅっと私に抱きついてくれた。……こちらこそ、ありがとうだな。
 スピカを無事に故郷まで送り届けるのも、今はこの旅の大事な目的になっている。大陸北西辺りなのだからもうそう遠くはないだろう。あと少ししたらお別れだと思うと、胸がぎゅっとなった。
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