『異世界で本命キャラと恋に落ちたい。』
 迎えの馬車に乗って近くの大きな街まで移動する。さすがに皆消耗していたし、物資の買い足しや新しく馬車も手に入れたい。数日はこの街に滞在することにした。
 夜、どうしても眠くならず、私は宿の上階にあったバルコニーに向かった。扉を開けて外に出ると、夜風が涼しくて頭が冷える。街の灯りがほとんど無い時間のせいか、月や星の輝きもよく見えた。
「眠れませんか」
 ぼうっと空を見上げていると、後ろから声がかかった。
「……バルトルト」
 もしかして、私が起きた音で起こしてしまっただろうか。いや、前にも言っていたように、テオドールかバルトルトのどちらかはいつも起きているんだろう。バルトルトは私に毛布を手渡して、同じようにバルコニーの手すりに寄りかかった。
「街道沿いでも追い剥ぎなど出ますから、旅をしていると人間を相手にすることが結構あるんです。……私も、初めて人を傷つけたあとはしばらく眠れなくなりました」
 そう言うと、気遣うように優しく微笑んでくれた。私がぐるぐると葛藤していたことは全然隠せていないようだ。
「私の世界は……少なくとも私の住んでいた国では、戦いだけじゃなくて狩りとかも専門の仕事にしている人がするだけで……生き物に手をかけるっていうことは、普通に過ごしていれば、一生ないんだ」
 ぽつぽつと独り言のように話すのを、バルトルトは静かに聞いてくれている。
「だからこっちにきて、動物を狩ったり、魔物を退治したり……それも抵抗があったけど、少しは慣れたつもりだった。自分が生きるためだし。でも……」
 今回のことだって、自分の身を守るため、自分が守りたいと思った誰かが殺されないため。それでも、同じ生きるためなのに、やっぱり違う。
「……自分の糧となるものとは、違いますからね」
 確かに、その通りだ。食べるために命をもらうのとは違う。あのならず者が理性を無くした人間ならこんなに考えたりしなかったと思う。怒りでもなく、ニヤニヤしながら殴ろうとしてきたあの楽しそうに光る目が頭に残っている。私には理解できないものだ。
「ユウキさんはきっと、そのまま慣れない方がいいです。この世界と貴女の世界では違いが有りすぎる。荒事は可能な限り私と兄さんが引き受けますから」
「……うん、ありがとう」
 迷うとそれだけで命取りになってしまうし、無差別に暴走させてしまったら。このまま覚悟も中途半端なら、いっそなるべく使わない方がいいのか。そうも言ってられないときは、この先もきっとあるんだろう。でも、関わらなくていいと言われたことに、心底ほっとしていた。

「バルトルトは、旅が終わったら故郷に戻るんだよね」
「そうですね。兄さんが次の族長なので、私はそれを支えるつもりです」
「それは決まってるの? バルトルトはならないの?」
「そんな、私なんて……」
 ふと思い付いて聞いてみたところ、答えたバルトルトの表情は少し曇っている。やっぱりこの世界のバルトルトも少なからず兄への劣等感を持ってるんだろうか。
「バルトルトは魔法が得意だし、冷静に物事を見てるし、何より人に好かれるし……向いてると思うけどな」
「そ、そうですか?」
 私の言葉に、バルトルトははにかんで笑う。うん、他人のことをたくさん褒めるけれど、自分は褒められ慣れてない感じがする。
 『ユメヒカ』では、テオドールはバルトルトの方が族長にふさわしいと思っていて、バルトルトお持ち帰りエンド以外はどれも最終的に族長になっているのは彼の方だ。二人のお母さんのエーリカ様のように星詠みも得意だし、なにより故郷を大事にしている。『ユメヒカ』のテオドールはもう少しドライで、村の生活は退屈に感じて世界を旅する方が好きだった。……ここもまた、この世界のテオドールと違うと感じるところだけど。
「長子が継ぐのが絶対とか?」
「それが一般的ではあると思いますが、父上母上は好きにしたらいいと……
 ……兄さんは、どう、思っているでしょうか……」
「聞いてみればいいと思うよ。どっちがなってもいいんだったらさ、なりたい方がなればいいんだ。どっちもなりたいんだったら、二人で族長っていうのもありじゃない?」
 二人なら、役割分担がばっちりになりそうだ。テオドールはお父さんに、バルトルトはお母さんに似ているし。さすがにそれは無理があるかなと思ったけれど、私の突飛な提案をバルトルトはくすくすと笑ってくれた。
「そんなこと考えてもみなかった。
 ……こうして、旅の終わった後のことを考えられるようになったのも、貴女のお陰ですね。本当に、ありがとうございます」
 バルトルトにお礼を言われるのは何度目だろう。いつもならそんなに大したことはしていないと答えていたけれど……そうすると彼らの家族が助かったことまでが軽くならないだろうかと、ふと思った。これからは、感謝はなるべく素直に受けとることにしようかな。それに、バルトルトを見習って、そのままの気持ちをちゃんと伝えることも。
「ねぇ、この前お父さんにも言ったんだけどね、私は二人にいっぱい助けてもらって、二人が大好きだから、私は私のために二人の願いを叶えたいんだよ。
 だから、もうちょっと、よろしくね」
 バルトルトは面食らったような顔になって、そして少し照れたように笑う。
「……これは、光栄ですね。私も、兄さんも、貴女に会えて良かったです。
 それに……兄さんは、ユウキさんと居て変わったと思います」
 ふいにテオドールの話題が出て胸がどきりと跳ねた。
「……変わった?」
「ええ。以前より雰囲気が柔らかくなったというか……なんだか楽しそうです」
「……そっか」
 これもユウキさんのおかげですね、とバルトルトは嬉しそうだ。
不機嫌な顔に、笑った顔、不敵にニヤリと笑う顔、呆れた顔に、怒った顔、心配そうな顔に、真剣な顔。色々な表情のテオドールが頭に浮かんだ。今のテオドールは、私のことをちゃんと仲間と感じてくれている、と思う。テオドールが私に見せてくれたたくさんの表情が、少なくとも嫌われてはいないだろうと確信を持てる根拠になっているのが嬉しくて……そして、これは、この胸の内はなんて言ったらいいんだろう。
「そろそろ部屋に戻りましょう。風邪をひきますよ」
「そうだね。……バルトルト、話を聞いてくれてありがとう」
「いえ。おやすみなさい」

 部屋に戻ると、ぐっすり眠っているスピカを起こさないようにそっと布団に入る。もやもやとした気持ちを言葉に換えたからか、気分は大分軽くなった。今度はちゃんと眠れそう……だと思ったけれど。
 魔力暴走を止めてくれたあのとき、テオドールは、一体どんな顔をしていたんだろう。私を抱き締める力強さと、頭を撫でる少しぎこちなくも優しい手つきと……思い出したら、知りたいと、思ってしまった。知りたいなんて思わない方が、きっとよかったのに。
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