『異世界で本命キャラと恋に落ちたい。』
 目を開けると、知らない光景だ。いつもの私の部屋ではない。今日はどこか遠征に来てたんだっけ……?
 ぼんやり働かない頭で横を見ると、隣のベッドにとても可愛らしい女の子が眠っている。すごい、睫毛バサバサ。朝日にキラキラ透けた髪が綺麗で、天使みたい。ああ、夢じゃなかったんだな。
 そう、この隣で穏やかな寝息をたてている可愛い子は、『ユメヒカ』のヒロイン……もとい、恐らく同じ世界からの転生人瑠果ちゃんだ。ゲームの世界とは違うので別人とはいえ、容姿は『ユメヒカ』ヒロインのものと言っていい。こんなに素敵な寝姿を見られるとは、ファン冥利に尽きるのでは。
 ゆるゆると本格的な覚醒に向かって、ぼんやり昨日話し合ったことやこれからのことを思う。
 たぶん私は、大好きな『ヨゾラにユメを、キミにヒカリを』に限りなく近い世界にいる。厳密には皆ゲームとは違う人物なわけだけどそれはまあ置いて、あの世界をこの目で見られるかもしれない、皆の役に立てるかもしれない、という事実がとても嬉しかった。今まで自分の中で『彼』と対話をしてきたけれど、確かにそこにいても、やはりそれは一方通行なのだというのはわかっていた。ああ、干渉ができる、ということは、何と素晴らしく幸せなことなんだろう。
 『神の御使い』として召喚されたからには、ゲームのヒロインと同じく浄化や魔法が使えるようになったんだろうか。ヒロインの魔法は護りや治癒系。基本他パーティーメンバーに前衛を任せ、後ろからサポートするのだ。
 私個人としては背中を任せろ! のタイプになりたいんだけど、戦うメンバーの背中を眺めるというのもこれまた新鮮で楽しかった。ゲーム内では親密度が高かったり恋仲だったりすると、敵からの攻撃を庇うという体で抱き締められたりする。その描写演出で、振り返ったキャラが近づいてきて画面中央にどアップで映るんだよね。外出時のプレイは背後に注意だったなぁ……
 あれ、もしかして、『神の御使い』として役目を果たして行くということは、このままなのか、それとも協力者として別の誰かが一緒に行くことになるのかな。でも、少なくともまだしばらくは皆と一緒に行動するだろう。 
 ということは、テオドールも一緒。テオドールと一緒に旅……旅をするのか……本当に……? 私の心臓は色々耐えられるんだろうか……? この世界のテオドールは私の『彼』ではないけれど、だからといってわざわざ印象を悪くしたいわけじゃない。せめて、最低限、目の前で奇声をあげないように抑えなければ……
 そういえば、昨日助けてもらったとき。意識を失う前に聞こえてきた声はテオドールだったのでは?!? あのメンバーの中であのしゃべり方をするのはテオドールだけだ。 ひええ……なんと言葉に変えたらいいのか、、ああでも、こういう時は、せっかくだから前向きに考えよう。私を真っ先に助けてくれたのは、テオドール。うんうん、そういうことにしておこう。これだけでも一生の思い出としてとっておける。
「……ふふ」
 気が付くと、目を覚ました瑠果ちゃんが楽しそうにこちらを見ていた。顔を赤くしてニヤついたり頭を抱えて青くしたりしていた一部始終見られてしまったらしい。
「ごめんなさい、私も記憶を取り戻したとき、そんな風に百面相したなぁって」
 そう可笑しそうに笑ってくれる瑠果ちゃんにほっとする。そうだ、彼女はこちら側の人間でした。
 軽く身支度を済ませて──とはいえ私は着の身着のままなので、顔を洗って髪を整えるくらい──というところで、大変なことに気が付いた。眼鏡が、ない!! 視力検査では裸眼で一番上が見えないくらい重度の近眼で、眼鏡は大切なライフラインなのだけれど……何故か視界はハッキリしている。
「悠希さん、どうかしたの?」
「あの、私眼鏡をかけてて……昨日落としたのかも……でもなんでか見える……」
 混乱して要領を得ない説明になる私に、納得したように瑠果ちゃんが頷く。
「たぶん、こちらに召喚された効果なのかも」
 瑠果ちゃん曰く、こちらに来てから以前より視力や体力があると感じたり、第六感みたいなものが働いたりしているらしい。これも光の神の加護のようなものなんだろうか。
 チカチカした視界を持て余しながら、瑠果ちゃんの身支度が終わるのを待つ。ふわふわとゆるくウェーブのかかった髪の毛を慣れたように編み込みして、今日はポニーテールにまとめている。朝日を受けるその姿が神々しく光っているようで、とても絵になる光景だ。当たり前だけど、いつもゲームと同じ髪型服装という訳じゃないんだよな。ああカメラが欲しい。せめて脳内スチルとしてストックしておこう……
「まずは中央神殿を目指すのがいいと思うの」
 中央神殿。この世界、アインヴェルトの大陸中心部に有り、光の神を祀る神殿だ。神殿の周囲は城下町のように発展している。
「ニコちゃんのところに行くの?」
 そう訪ねると、瑠果ちゃんは頷いた。
「悠希さんのことも報告したいけど、『神の御使い』が二人なら、例えば二手に分かれて回ることが良いのかどうか、聞いてみたいと思って」
「そっか、早ければ早いほど、助けられる可能性も高くなるかもしれないね」
 ゲームで神官ニコラウス個別ルートに進むには、彼とのイベント消化の他に、浄化のアクセサリーを奉納しに行くのにも期限がある。これは彼の命の期限が闇の神の復活と関連しているためだ。すなわち、早く穢れを祓い闇の神復活の儀式を遂行してしまえば、ニコラウスは生きたまま助けられる見込みができる。

 さて。ひとまずこれから下の階に下りて皆と朝ご飯を食べる訳なんだけれども。ちなみにここは旅の宿で、一階は食堂兼酒場、二階以降は宿泊部屋という感じに構成されている。そう、皆と食べる。つまり皆と会う。改めて顔を合わせるにはまだ心の準備が出来ずに、ぐだぐだしていた。
「気持ちはわかるけど、悠希さん、ほら!」
「ひぇぇ……」
 瑠果ちゃんはぐいぐいと私の腕を引っ張って階段を下りていく。最初は小さくなりながら、しかしカウンターの奥にどんと大きい樽があったり、何かしらの穀物が入っている麻袋がたくさん積んであったり、見慣れない光景だからついキョロキョロしてしまう。食堂エリアには丸い木のテーブルと椅子がいくつも並んでいて、様々な人が朝食を取っていた。色とりどりの髪。服装もやはりファンタジーだが、各種武器を手元に持っている人達もいる。改めて、ここが自分のいた世界とは違うんだと実感する。
 カウンターから離れた壁際の一角に、目的の人々は座っていた。
< 7 / 64 >

この作品をシェア

pagetop