モカ
 美紀はとっさにそいつを抱いた。なぜか急いでいた。部屋に戻った。たたみの上にカーペットが敷いてあって、つちかべにうすいブルーの壁紙、そして長方形の机、現代風の丸テーブル、小学生の時の勉強机と机がやたらにある。どこかちぐはぐな不思議な空間。
 美紀は、タウンページを見つけ出した。
「これ、捨てないでよかった」
 夜10時まであいてる動物病院をさがし、そのページをポケットにつっこんだ。ダンボールにそいつを入れ、ガムテープで出られないようにした。
「ごめんねー。大丈夫だからね」
 必死に出ようと、すき間から手を出すそいつをダンボールごと抱え、シルバーの軽自動車につみこんだ。美紀の愛車。きれいに整備されている。
 車中、走るたびに、
「みひゃー、みひゃー、がさごそ、がさごそ」
って。美紀は、そのダンボールにシートベルトをしめていた。かなりスピードを出していたが、止まるときには気を使っていた。
「そんなこと言ったってあんた、車なんだから」
「ちょっと、おとなしくしてよ、お願いだから」
 美紀も落ち着かないのだ。
「こっちも、雨降ってきたし、暗いし、道どこで曲がるんだっけ?」
 もう、必死だった。
「大丈夫だからね、もうすぐだからね」
 コンビニで、えさとタバコを買い、道を聞いた。暗い路地をまがって少し走ると、
「あれだよ。月の森動物病院。やっとだよ。9時50分だ。間に合った」
 美紀はタバコに火をつけて、深く息を吸った、何回も何回も。身体がコチコチだった。落ち着かないと。
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