おとぎ話の裏側~身代わりメイドと王子の恋~

そんな会話をした今年の正月を思い出し、部屋でひとり感傷に浸る。

手に持ったメイド服は、週に3度程袖を通していた。

『メイドカフェ・レスピナード』は、オタクの聖地と呼ばれる駅前にある比較的新しいメイド喫茶。

はじめは時給につられとんでもないバイトを選んでしまったと後悔の連続だった。

着慣れない恥ずかしい制服、言い慣れない恥ずかしいセリフ。
メニューの名前ひとつとっても異次元で、注文を取るだけでも顔が真っ赤になり心臓がバクバクした。

『お待たせしました、ご主人さま。ご注文の“萌え萌えくまたんおむらいちゅ”でございます』

今ではこんな料理の提供も笑顔を引きつらせることなく出来るようになったし、最初は悲惨だったケチャップで顔や文字を描く技術もかなり向上した。

人間慣れれば意外になんでも出来るものだと自分に笑ってしまう。



「メイド服も着納めかぁ」

あんなに着るのが恥ずかしかったメイド服も、もう2度と着ないと思うと少し寂しく感じる。

クリーニングに出してしまう前にもう1度だけ、と自室で着替えて鏡の前に立った。
後ろ手でエプロンドレスのリボンをきゅっと結ぶ。

身長が153センチと平均より少し小さい梨沙は、くるぶしがすっぽり隠れるので他のメイドよりもスカート丈が長く感じる。

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