おとぎ話の裏側~身代わりメイドと王子の恋~
しかしそうではなかった。
彼は従者ではなく王子様で、侍女であるリサの恋の相手ではなかった。
ジルベールから離れなくてはならない。
そのために何かひとつでも、心の支えに彼と繋がるものを持っていたかった。
切れ長の瞳でまっすぐに見る眼差しに胸を焦がされ、決意を溶かされそうな感覚に陥り、さらに一歩下がり距離を置く。
きっとこんなに近くで顔を合わせられるのは最後になる。
リサがジルベールの顔の細部まで目に焼き付けようとするのを、誰が未練がましいと詰ることが出来るだろう。
何か言おうとして口を開いたジルベールを遮り、リサは早口で捲し立てた。
「ジルベール様。どうか、シルヴィア様とお幸せに」
「リサ!」
リサが開けた距離を詰めようとジルベールが動くのと同時に、暴風とも言える夜の春風が轟々と音を立てて吹き抜ける。
その風はパチパチと音を立て炎を小さくしていた篝火をついに消してしまった。
一瞬で辺りがふっと暗闇に包まれる。
月も出ていない今夜、篝火が消えてしまえば辺りは真っ暗で、少し先の景色さえ闇の中に埋もれてしまう。
リサはこの機に乗じてジルベールに掴まれていた手を振り払い、身を翻して足早に駆けた。10年以上ここで育ったリサは暗闇でも身体が覚えていて、迷うことなく別棟へ向かって階段を駆け上がっていく。
そんな彼女の気配を察したジルベールだが、慣れない場所での暗がりに咄嗟に走って追うことが出来なかった。