辺境の貧乏伯爵に嫁ぐことになったので領地改革に励みます
ドラゴン

運命の不思議

 数か月にわたって領地を回る中で、意外にも、……と言っては失礼だが、セルジュが領民たちから慕われていることがわかった。
 それも、かなり。

 たいした管理もせず、税の取り立てさえ郷長や地方貴族に丸投げしているのに、いったい何故?
 疑問に思ったアンジェリクは、領民たちに聞いてみた。

「セルジュって、いい領主?」

 領民たちの答えは一様に「はい(ウイ)」。
 一択だった。

「どんなところが?」

 答えを聞いて、アンジェリクは驚いた。

 ブールはバルニエ公爵領とは名ばかりの辺境の地で、長い間放置されてきた。
 公爵領としての恩恵は一つもないのに、税だけはほかの領地と同じように取られる。しかも、捨て置かれた土地の税収人というのは総じてたちが悪い。
 バルニエ公爵領の正規の税率は二割で、ほかの貴族の所領に比べれば決して高くはない。なのに、税収人たちは勝手に税率を上げ、ピンハネしていたのだ。

 二年前にブールにやってきたセルジュは、すぐにそのことに気づいた。そして悪事を働いていた税収人を見つけ出し、一掃してしまった。
 さらに翌年には、自らが領主となり税率を一気に五分まで引き下げた。

 ボルテール伯爵の爵位と領地を受け取るかわりに、セルジュはバルニエ公爵と何か約束をしたようだと領民たちは言った。
 その内容までは知らないが、おそらく自分を犠牲にして領主になってくれたのだろうと話してくれた。

 今はセルジュが選んだ郷長や地方貴族が税収人になっている。

「お館様は、よい領主様ですよ」
「奥方様もよい奥方様です」

 自分たちは恵まれていると嬉しそうに言われて、アンジェリクは複雑な気持ちで礼を言った。

「どうも、ありがとう」

 セルジュは何もしていなかったわけではなかった。
 厳しい条件の土地で、人々の暮らしを豊かにするまでには至らなくても、苦しい状況からは救っていたのだ。

 領民の話を聞いた後、アンジェリクはセルジュに言った。

「どうして何も言わなかったの?」
「何を?」
「あなたが領主として、ちゃんとみんなのことを考えてたってこと」

 最初にアンジェリクが怒った時に。

「ドラゴンにかまけて、十分な運営をしてこなかったのは事実だ。きみの言葉は正しいと思った」

 やせた土地なのは仕方ない。
 気候が厳しいのも仕方ないこと。
 穫れたものを、少しでも多く手元に残してやることが、自分にできる精いっぱい。

「そんなふうにしか考えてなかったから、きみの考え方ややり方知って、本当に反省したよ。きみに来てもらえたことは、ブールの領民にとって最高の祝福だ」

 もちろん、僕にとっても、と微笑んで、セルジュはアンジェリクを抱き寄せた。

「父に押し付けられた妻が、こんなに素敵な人だったなんて、僕はなんて幸運なんだろう」
「私は、押し付けられたの?」
「そう。父が王に恩を売るために」

 貴族として生きるということはそういうことだ。
 好きな相手と自由に結婚できると思うなと言われていた。家の手駒になれと。

「なのに、きみと結婚できた」
「セルジュ……」

 アンジェリクも同じだ。
 恋なんて自分とは無縁のものだと思っていた。
 なのに、今は……。

「運命って不思議ね。知らない間に濡れ衣を着せられて、婚約破棄された時は腹が立ったけど、私、今がとっても幸せだわ」

 天の神様と運命の流れに感謝するばかりだ。
 たとえ、まだまだ課題は山積みだったとしても。
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