辺境の貧乏伯爵に嫁ぐことになったので領地改革に励みます
フクロウ便
手紙はモンタン公爵家の執事フレデリクからのものだった。
内容は、コルラードが何者かに襲われて大けがを負ったというもの。
フクロウ便を出した昨日の夜の段階で、予断を許さない状況であることが書かれていた。
身重のアンジェリクを気遣いつつ、万が一の時には誰が公爵家を継ぐべきか、アンジェリクに判断を仰ぎたいと書いてあった。
六歳のアンジェリクが、当時十歳のエルネストと婚約して以来、ほんの半年前までは、アンジェリクがモンタン公爵家を継ぐことが当たり前だと考えられてきた。
エルネストとの婚約が破棄され、アンジェリクがセルジュに嫁ぐことになった時、コルラード卿は次の後継者としてフランシーヌと第三王子クロードとの婚約を整えているが、二人はまだ成人していない。
マリーヌの婚約者アルベルトはプレボア侯爵家の跡取りで、マリーヌに家を継がせるわけにもいかなかった。
フランシーヌは年が明けて誕生日を迎えても、わずか十一歳。
クロードもやっと十六である。
アルカン王国で成人とされる年は十八歳だ。
しかし、爵位は、一度フランシーヌに譲ってからクロードに移譲する。
フランシーヌが成人するまで、七年。
仮の爵位をクロードに与えることもできるが、アンジェリクのように幼いころから領主教育を受けてきたわけではない。若い仮公爵に全権を与えても、領民や分家筋が納得するかわからない。
そして、その方法でさえ、二年も待たなくてはならない。
後ろ盾になる人物が必要だった。
親族の誰か、あるいは結婚相手の父親が面倒をみるのが筋だが、クロードは王子だ。
王に頼むわけにはいかない。
残る人物はただ一人。
コルラード卿の弟であるバラボー子爵。シャルロットの父である。
バラボー子爵に後見人を頼むのか。
それとも、子爵自身にいったんモンタン公爵位を継がせて、七年後、フランシーヌが成人した時に爵位を返還させるのか。
決める必要があった。
いずれにしても、多くの権限がバラボー子爵に移る。
たんたんと事実を伝えるフレデリクの手紙の文面には、バラボー子爵への不信感が滲んでいた。
何か他の方法があるか、アンジェリクの意見を聞きたいと書いてある。
王都に戻ってほしい。
アンジェリクが身重でさえなければ、きっと書きたかったであろう一言が、フレデリクの手紙にはなかった。
どうかお身体を第一に、元気なお子をお産みくださいと、まるで歯を食いしばるかのような言葉が書き添えられていた。
父が、死ぬかもしれない。
モンタン公爵家の行く末を守るために、アンジェリクが考えることは山ほどある。
何かいい知恵はないかと、誰もがアンジェリクを頼りにしている。
けれど……。
優しくて厳しくて、常にアンジェリクの手本だった父がいなくなる。
その事実を前に足が竦む。
アンジェリクにとって、コルラード・モンタンは、国で一、二を争う大公爵である前に一人の父親だ。愛する父親なのだ。
フクロウ便を読み終えたアンジェリクは立っていることができなくなった。
目の前が真っ暗になり、ただ一つのよすがのように、目の前にあったセルジュの腕にすがった。
広い胸に抱き寄せられても震えが止まらない。
身体は氷のように冷たくなるのに、額に汗が浮かんだ。
「お父様が……」
「アンジェリク……」
あの父が、いなくなるなんて……。
内容は、コルラードが何者かに襲われて大けがを負ったというもの。
フクロウ便を出した昨日の夜の段階で、予断を許さない状況であることが書かれていた。
身重のアンジェリクを気遣いつつ、万が一の時には誰が公爵家を継ぐべきか、アンジェリクに判断を仰ぎたいと書いてあった。
六歳のアンジェリクが、当時十歳のエルネストと婚約して以来、ほんの半年前までは、アンジェリクがモンタン公爵家を継ぐことが当たり前だと考えられてきた。
エルネストとの婚約が破棄され、アンジェリクがセルジュに嫁ぐことになった時、コルラード卿は次の後継者としてフランシーヌと第三王子クロードとの婚約を整えているが、二人はまだ成人していない。
マリーヌの婚約者アルベルトはプレボア侯爵家の跡取りで、マリーヌに家を継がせるわけにもいかなかった。
フランシーヌは年が明けて誕生日を迎えても、わずか十一歳。
クロードもやっと十六である。
アルカン王国で成人とされる年は十八歳だ。
しかし、爵位は、一度フランシーヌに譲ってからクロードに移譲する。
フランシーヌが成人するまで、七年。
仮の爵位をクロードに与えることもできるが、アンジェリクのように幼いころから領主教育を受けてきたわけではない。若い仮公爵に全権を与えても、領民や分家筋が納得するかわからない。
そして、その方法でさえ、二年も待たなくてはならない。
後ろ盾になる人物が必要だった。
親族の誰か、あるいは結婚相手の父親が面倒をみるのが筋だが、クロードは王子だ。
王に頼むわけにはいかない。
残る人物はただ一人。
コルラード卿の弟であるバラボー子爵。シャルロットの父である。
バラボー子爵に後見人を頼むのか。
それとも、子爵自身にいったんモンタン公爵位を継がせて、七年後、フランシーヌが成人した時に爵位を返還させるのか。
決める必要があった。
いずれにしても、多くの権限がバラボー子爵に移る。
たんたんと事実を伝えるフレデリクの手紙の文面には、バラボー子爵への不信感が滲んでいた。
何か他の方法があるか、アンジェリクの意見を聞きたいと書いてある。
王都に戻ってほしい。
アンジェリクが身重でさえなければ、きっと書きたかったであろう一言が、フレデリクの手紙にはなかった。
どうかお身体を第一に、元気なお子をお産みくださいと、まるで歯を食いしばるかのような言葉が書き添えられていた。
父が、死ぬかもしれない。
モンタン公爵家の行く末を守るために、アンジェリクが考えることは山ほどある。
何かいい知恵はないかと、誰もがアンジェリクを頼りにしている。
けれど……。
優しくて厳しくて、常にアンジェリクの手本だった父がいなくなる。
その事実を前に足が竦む。
アンジェリクにとって、コルラード・モンタンは、国で一、二を争う大公爵である前に一人の父親だ。愛する父親なのだ。
フクロウ便を読み終えたアンジェリクは立っていることができなくなった。
目の前が真っ暗になり、ただ一つのよすがのように、目の前にあったセルジュの腕にすがった。
広い胸に抱き寄せられても震えが止まらない。
身体は氷のように冷たくなるのに、額に汗が浮かんだ。
「お父様が……」
「アンジェリク……」
あの父が、いなくなるなんて……。