辺境の貧乏伯爵に嫁ぐことになったので領地改革に励みます
アルカン王国では、貴族の結婚は王の承認を示す証文によって結ばれる。
結婚式と呼ばれるお披露目パーティーや短いパレードでそれを知らせることが一般的だが、パーティーを開く前から、正式には夫婦なのだ。
アンジェリクとセルジュもそのパターンだ。
そして、この状況から察するに、どうやらシャルロットもすでにエルネストと結婚しているようだった。
二人の姿を目にした王は、当然、困惑した。
「ほかにも証人がいるのだろうな」
「はい」
アンジェリクが頷くと、ややほっとしたようだった。
二人は証人として来ていると思いたいのだろう。
だが、次に呼ばれたのはエドガール・バルトだ。コルラード卿を刺した実行犯である。
バルトは王の前に進み出ると深く頭を下げた。そして言った。
「私に、モンタン公爵を襲えと言ったのは、そこにいる黄色い髪の女です」
王はかすかに眉を寄せる。
「シャルロットのことか」
「はい」
「でたらめよ!」
シャルロットが叫んだ。
バルトは憎しみを込めた目でシャルロットを振り向いた。王の面前であることも構わず、罵りの言葉を吐きだす。死罪の確定したバルトには何も枷になるものがなかった。
「うるせえ、このアバズレが。おまえが、あの男は悪い貴族だ、自分を弄んで捨てた、だから刺してほしいと言ったから、俺は仕事を引き受けた。モンタン公爵だと知っていたら……」
「何言ってるのよ、お金が欲しかったくせに」
「金は欲しかったさ。娘には病気がある。治してやるには金がいる。だけどな……」
王が手を軽く手を挙げると、兵士が二人の間に入って争いを止めた。
「シャルロット、おまえは今、その男に『金が欲しかったくせに』と言ったな」
王の言葉にシャルロットの顔がみるみる青ざめていった。
「その言葉が何よりの証拠だ」
セルジュが許可を取って静かに入室し、王の前に進み出てた。
「陛下に、奏上したいことがございます」
「おまえは……、バルニエ公爵家のセルジュか。久しぶりだな。そして、相変わらずの美貌だ」
ここで顔を褒めるか、と少し脱力したアンジェリクだが、王がセルジュを気に入っていることが、声の調子から伝わった。
「畏れながら、陛下。一昨日のことですが、そこにいるシャルロットは、我が妻、アンジェリクの命も狙いました」
「何……?」
シャルロットの顔はすでに紙のようだ。ガタガタと震えて、恨みがましい視線を左右に走らせている。
その横で、エルネストは何をするでもなく、ぼんやりと立っていた。
「シャルロット、吟味の上、おまえには罰を与えねばならない。今、聞いたことが全て事実であれば、死罪は免れないと思え」
「し、死罪……」
シャルロットは矢のように王の前に進み出て、床に頭を擦り付けた。
「それだけは、命だけは……」
「人の命を狙っておいて、自分は命乞いをするか! 恥を知れ!」
王に一喝され、呆然と頭をあげたシャルロットは魂が抜けた人形のようだった。髪の色のせいか、どこか案山子を連想させた。
ぼんやり立っているエルネストを王が睨みつける。
「エルネスト、まがりなりにもおまえの妻だ。おまえが連れて行け」
のろのろと前に出ながら「お父様、僕はどうなるんですか」とエルネストは聞いた。
王はいまいましそうに首を振っただけだった。
「セルジュ、先ほど、アンジェリクはおまえの妻だと言ったな」
「はい」
「では、おまえが、ボルテール伯爵なのか?」
はい、とセルジュは問うような瞳で頷いた。
王は「なんでもない」と片手をあげて、話を終わりにした。
帰りの馬車の中で、セルジュが言った。
「二人もの命を狙ったんだから、ふつうなら死罪だけど、幸いにもどちらも生きてるからね。エルネストと結婚した後だし、王家とのつながりも考慮すると、案外軽い処分になるかもしれない」
「だったら、今度は私が殺し屋を雇うわ」
「アンジェリク……?」
牢でバルトを一喝したアンジェリクを、家族を呼ぶよう役人に伝えに行っていたセルジュは見ていない。
怒る時でもどこか優しさの気配が漂う自分の妻の、悪魔のような言葉に目を見開いた。
「アンジェリク、僕の聞き間違いかな?」
「何が?」
「いや……。なんでもない……」
だが、王の裁定がどのようなものであっても、シャルロットの未来に光はなかった。
この日、王都の書店では、その後一大ブームを巻き起こすことになるブリアン夫人の暴露本「ベッドルームの秘密が」発売されたからである。
結婚式と呼ばれるお披露目パーティーや短いパレードでそれを知らせることが一般的だが、パーティーを開く前から、正式には夫婦なのだ。
アンジェリクとセルジュもそのパターンだ。
そして、この状況から察するに、どうやらシャルロットもすでにエルネストと結婚しているようだった。
二人の姿を目にした王は、当然、困惑した。
「ほかにも証人がいるのだろうな」
「はい」
アンジェリクが頷くと、ややほっとしたようだった。
二人は証人として来ていると思いたいのだろう。
だが、次に呼ばれたのはエドガール・バルトだ。コルラード卿を刺した実行犯である。
バルトは王の前に進み出ると深く頭を下げた。そして言った。
「私に、モンタン公爵を襲えと言ったのは、そこにいる黄色い髪の女です」
王はかすかに眉を寄せる。
「シャルロットのことか」
「はい」
「でたらめよ!」
シャルロットが叫んだ。
バルトは憎しみを込めた目でシャルロットを振り向いた。王の面前であることも構わず、罵りの言葉を吐きだす。死罪の確定したバルトには何も枷になるものがなかった。
「うるせえ、このアバズレが。おまえが、あの男は悪い貴族だ、自分を弄んで捨てた、だから刺してほしいと言ったから、俺は仕事を引き受けた。モンタン公爵だと知っていたら……」
「何言ってるのよ、お金が欲しかったくせに」
「金は欲しかったさ。娘には病気がある。治してやるには金がいる。だけどな……」
王が手を軽く手を挙げると、兵士が二人の間に入って争いを止めた。
「シャルロット、おまえは今、その男に『金が欲しかったくせに』と言ったな」
王の言葉にシャルロットの顔がみるみる青ざめていった。
「その言葉が何よりの証拠だ」
セルジュが許可を取って静かに入室し、王の前に進み出てた。
「陛下に、奏上したいことがございます」
「おまえは……、バルニエ公爵家のセルジュか。久しぶりだな。そして、相変わらずの美貌だ」
ここで顔を褒めるか、と少し脱力したアンジェリクだが、王がセルジュを気に入っていることが、声の調子から伝わった。
「畏れながら、陛下。一昨日のことですが、そこにいるシャルロットは、我が妻、アンジェリクの命も狙いました」
「何……?」
シャルロットの顔はすでに紙のようだ。ガタガタと震えて、恨みがましい視線を左右に走らせている。
その横で、エルネストは何をするでもなく、ぼんやりと立っていた。
「シャルロット、吟味の上、おまえには罰を与えねばならない。今、聞いたことが全て事実であれば、死罪は免れないと思え」
「し、死罪……」
シャルロットは矢のように王の前に進み出て、床に頭を擦り付けた。
「それだけは、命だけは……」
「人の命を狙っておいて、自分は命乞いをするか! 恥を知れ!」
王に一喝され、呆然と頭をあげたシャルロットは魂が抜けた人形のようだった。髪の色のせいか、どこか案山子を連想させた。
ぼんやり立っているエルネストを王が睨みつける。
「エルネスト、まがりなりにもおまえの妻だ。おまえが連れて行け」
のろのろと前に出ながら「お父様、僕はどうなるんですか」とエルネストは聞いた。
王はいまいましそうに首を振っただけだった。
「セルジュ、先ほど、アンジェリクはおまえの妻だと言ったな」
「はい」
「では、おまえが、ボルテール伯爵なのか?」
はい、とセルジュは問うような瞳で頷いた。
王は「なんでもない」と片手をあげて、話を終わりにした。
帰りの馬車の中で、セルジュが言った。
「二人もの命を狙ったんだから、ふつうなら死罪だけど、幸いにもどちらも生きてるからね。エルネストと結婚した後だし、王家とのつながりも考慮すると、案外軽い処分になるかもしれない」
「だったら、今度は私が殺し屋を雇うわ」
「アンジェリク……?」
牢でバルトを一喝したアンジェリクを、家族を呼ぶよう役人に伝えに行っていたセルジュは見ていない。
怒る時でもどこか優しさの気配が漂う自分の妻の、悪魔のような言葉に目を見開いた。
「アンジェリク、僕の聞き間違いかな?」
「何が?」
「いや……。なんでもない……」
だが、王の裁定がどのようなものであっても、シャルロットの未来に光はなかった。
この日、王都の書店では、その後一大ブームを巻き起こすことになるブリアン夫人の暴露本「ベッドルームの秘密が」発売されたからである。