辺境の貧乏伯爵に嫁ぐことになったので領地改革に励みます

旅立ち

 卒業後にエルネストと結婚する予定だったアンジェリクには、膨大な花嫁道具が用意されていた。
 既婚女性にふさわしいドレスが数十枚、それに合わせたティアラや首飾りが数十点。
 八歳で学園に入学した時も、十六歳の社交界デビューの時も、これでもかという数のドレスやアクセサリーを作ったが、今回はその比ではなかった。

 気前がいいのは父の美点だが、これから先のことを思うと、少しは倹約というものを学んでほしい気がした。

 アンジェリクは自分がモンタン公爵家を継ぐつもりでいた。父譲りの勘の良さには自信があったし、領地の運営は自分がしていけば、このままうまくいくだろうと考えていた。
 何か困ったことが起きても、知恵を絞れば道は開ける。それが自分には可能だと考えていた。

 どんなにうまくいっていることでも、壁に当たることはあるものだ。それに備えることとと、それを乗り越える力を蓄えておくことが常に必要だ。
 アンジェリクを失うということは、モンタン家にとって小さくない損失になるということを、父はわかっているだろうか。

「マリーヌもフランシーヌもバカじゃないわ。きっと二人がなんとかしてくれる」

 何台もの馬車に積み込まれる婚礼道具を見ながら、アンジェリクは自分に言い聞かせた。

 モンタン公爵家には六台の馬車があった。ふだん、父が使う機能性の高いものと、エルネストなど身分の高い賓客を送迎するための豪華なもの、アンジェリクや妹たちが使う装飾の美しい小型のものが二台。そして予備が二台。
 ほかに領地の産物を運ぶ荷馬車があったが、これは数に入れていない。

 人を載せるための馬車には馬も美しいものが選ばれていた。
 アンジェリクたちの小型の馬車には白い馬が二頭つながれることが多かった。

 城の中に新居として部屋を持たせるつもりだったモンタン公爵は、遠方のブールに運ぶ荷物の多さを見て腕組みをしている。

「少し多すぎたでしょ」

 アンジェリクが言うと、苦笑いを返してきた。

「私の馬車とマリーヌたちの馬車を残して、四台でブールに向かってもらおう。残りは後日荷馬車で届けるよ」
「結婚式はブールでするのよね」
「そうなるだろうね。ボルテール伯爵のほうは予定外の婚礼になるだろうから、準備が必要だろう。日程が決まったら、知らせなさい」

 貴族の結婚は王の証文によって成立する。この場合の結婚式とは、周囲にそれを知らせるパーティーや短いパレードなどの一連の行事を指す。
 さまざまな準備をしていた公爵は、遠方なので行ける人の数も限られる。簡素なものになるだろうと、ややがっかりしたように言った。

「お父様をがっかりさせてしまったことは、謝るわね」
「私は、何かの間違いだと思っている。だが、証拠があり、噂は広がりすぎていた。エルネスト様はカンカンだし、王から直々に言われてしまってはどうすることもできなかった」 

 自分こそ、アンジェリクを守れず、すまなかったと父が言ってくれた。

「お父様が信じてくださっただけでも、気が晴れたわ。いずれ真実が明らかになることもあるでしょうし、私は私で頑張るから大丈夫よ」
「おまえには本当に助けられてきた。おまえが家を継いでくれると思っていたのに……」
「マリーヌもフランシーヌも賢いいい子たちよ。きっとどちらかが立派なお婿さんを迎えてくれるわ」

 マリーヌにエルネストを、という話が実はあるのだと父は言った。
 アンジェリクは眉間に皺を寄せた。

「まあ、まだ今回のことはあったばかりで、どうなるかわからないが……。王家がわがモンタン家を買ってくださっているのはありがたいことだと思っている」
「そうね」

 王家にとってもモンタン公爵家は仲よくしたい相手なのだ。

(でも、エルネストではねぇ……)

 それにマリーヌには昔からの婚約者がいる。家同士が決めた相手だが、二人は相思相愛だ。その仲を裂くのは可哀そうだと思った。
 かといって、二十二歳のエルネストに十歳のフランシーヌと言うのも……。

(そうだわ)

「お父様、第三王子のクロード様とフランシーヌを一度会わせてみたらどうかしら」

 クロードは十五歳で、まだ社交界にデビューしていない。学園は男女が別の学舎なので、本来なら顔を合わせる機会はないのだが、アンジェリクは彼に会ったことがあった。

 官吏を養成するアカデミアの教授が特別に植物学を教えてくれる機会があり、そこでクロードと会ったのだ。
 アカデミアは貴族も平民も身分に関係なく学べる場だ。
 アンジェリクは質素なドレスでこっそり参加した。その時にクロードのほうから話しかけてきたのだ。兄の婚約者に挨拶をしてくれたのである。

 賢そうな、とても感じのいい少年だった。
 地味なサーコートで王族であることを隠し、熱心に教授の話を聞いていた。
 
 もし会ってみて、お互いに気に入れば、年も近いし、いい組み合わせになるのではないだろうか。
 父は少し考えていたが、最後に頷いた。

「そうだな。エルネスト様とおまえのことが先にあったので思いつかなかったが、確かにいい組み合わせだ。早速、国王陛下に相談してみよう」
「その前に、フランシーヌの気持ちも聞いてあげてね」

 アンジェリクはとっくに諦めているが、貴族の娘だからといって恋をしないとは限らない。むしろするのが普通だ。
 十歳のフランシーヌにどこまで理解できるかは、わからないが……。

 ただ、もしもどうしても嫌だと思ったら、そんな相手と生きていくのは辛いはずだ。その点だけはしっかり確認してやってほしかった。

 ふと、まだ会ったことのない自分の夫となる人のことを考える。
 どんな相手であっても逃げるつもりはない。

 ただ、どこか一つでもいいから、好きになれるところがあればいいのだけれどと思った。 
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