辺境の貧乏伯爵に嫁ぐことになったので領地改革に励みます

未来に向かって

 食卓に肉が増えた。
 ドニは毎日、腕に寄りをかけて美味しい食事を用意してくれる。

 城には少し人が増えて、エミールは執事に専念するようになった。
 従僕や御者や下働きの男、侍女も二人増えた。ドニの下に菓子作りの得意な助手も入った。
 子どもが生まれるので、乳母になる人も募集中だ。

 ドラゴン使いも募集中である。

 エリクとジャンは従僕兼ドラゴン使いから、専任のドラゴン使いになり、ほかのみんなも畑は別の人に任せて、ドラゴンの飼育と管理に専念している。
 バルトもそこに加わった。
 マリーは夏にはブールに来られそうだと言うと、しかめっ面のまま、目から心の汗を大量に流していた。

 そして、ポリーヌだ。
 ある日、セロー夫人が席を外すと、その隙を狙ったようにポリーヌが「奥様……」と話しかけてきた。

「あの……、募集している、ドラゴン使いのことで……」
「誰か、よさそうな人を知ってるの?」

 ポリーヌは睨んでいるのかと疑いたくなるような、真剣な顔をしていた。

「私が、なっちゃダメですか?」

 アンジェリクは驚いた。

「体力のいる、危険な仕事よ」
「わかってます」
「可愛いって思っただけでは、ドラゴンは懐かないわ。舐められたら言うことを聞かない。暴れてしまって、ほかの人に迷惑をかけたらどうするの?」
「舐められないように、ちゃんと厳しくします。体力も、男の人に負けないように鍛えます。お願いです」

「真剣なのね」

 ポリーヌはこくりと頷いた。

「セルジュに聞いてみるわ」

 セルジュはすぐにやってきて、ポリーヌにいくつかの質問をした。
 それから、しばらく考え込んでいる。
 心配になったポリーヌが「女の子にはなれませんか」と小さな声で聞くと、つい見惚れてしまうような綺麗な笑顔になって、首を横に振った。

「女の子だからという理由でなれないものなんか、ないよ」
「でも……」
「配属を考えてたんだ。ブランカの担当になってくれるかな」

 ポリーヌの目が零れそうなくらい大きく開かれる。

「はい! 一生懸命やります!」
「うん。期待してるよ」

 六月の終わり。
 ブールに来てちょうど一年が経った頃、アンジェリクは玉のような女の子を産んだ。

 髪の色も瞳の色もアンジェリクにそっくりな彼女を見て、セルジュは文字通り狂喜乱舞した。

「見てくれ、みんな! 何て可愛いんだ。僕のアンジェリクが二人に増えた!」
「増えたって、セルジュ……」
「アンジェリク、本当にありがとう」

 盛大なキスを贈られて、産後の疲れもどこかへいってしまう。
 
 彼女はルイーズと名付けられた。
 城のみんなに愛されて、すくすく育ってゆくだろう。

 ルイーズに会うために、忙しいはずのバルニエ公爵とモンタン公爵は、仲よく一台の馬車に乗って、はるばるブールにやってきた。
 
 初孫を目にしたコルラード卿は感動のあまり涙を流し始め、それを笑ってたフェリクス卿もなぜか釣られて泣き出した。

「嬉しいのだ。本当に、よかった」
「こんな日が来るとは……。よかったな、コルラード」

 コルラード卿の傷はすっかり癒えて、痕は残っているが体調は極めてよいらしい。
 
 バルトの謝罪を受けたコルラード卿は、騙されて刺したのだからもういいと、逆に慰めていた。貴族に受けた仕打ちや娘の病気などを考えたら、責められないと。
 バルトは、貴族はみんな嫌いだったが、コルラード卿に恨みはなかったと言った。
 モンタン家が営む慈善病院で時々無料でマリーを診てもらっていたと言い、恩人のような相手に、本当に申し訳ないことをしたともう一度頭を下げていた。

「馬車の揺れがひどいと聞いていたが、そんなでもなかったぞ」
「麦を運ぶために、ヴィニョアまでの街道を最優先で整備したの」
「麦を……」

 アンジェリクたちの計画を聞くと、ヴィニョアからの運搬はモンタン家が割引価格で請け負うとコルラード卿は約束した。バルニエ領を通過する時の、荷にかかる通行税も割り引いてもらえることになった。
 それらは親戚だからというよりも、価値のある特産品だから適用されるものだと二人は言った。

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