辺境の貧乏伯爵に嫁ぐことになったので領地改革に励みます

セルジュの家族

「その前に、荷物を運ばせなくちゃかな」
「あ、そうね」

 フレデリクたちを外に待たせたままだ。

「荷物はどこに運べばいいの?」
「二階は、少しはマシだから……」

 階段を上がってみると、確かに少しマシだった。
 
 フレデリクの指示で、御者やお供の侍女たちが荷物を運び始める。
 セルジュの城の使用人たちも手を貸してくれた。
 
 二階もだいぶ古く、床も壁も傷んでいるが、調度品が壊れたままということはなく、ドアや窓もきちんと嵌っている。
 掃除もきちんとしてあった。

 小さな城だった。
 もともと部屋数もあまり多くない上、何しろ屋根が半分崩れている。西側にある部屋はほとんど使い物にならないようだった。
 主の部屋がある東の棟は無事で、主寝室に荷物を運び入れた侍女たちは、夫人用のクローゼットにドレスをしまった。
 
 セルジュと並んで室内を眺めていたアンジェリクは、その部屋には天蓋付きの大きなベッドが一つあるだけだということに気づいた。

「寝室は、ここだけ?」
「客用寝室と子ども部屋がいくつかあるけど、今のところ使っているのはここだけだね」
「使っているのは……?」
「使える部屋が……、ここだけ、です」

 やっぱり。

「問題あるかな?」

 ふっと笑われて、アンジェリクは首を振った。

 結婚式はまだだが、証文には王のサインがある。
 セルジュとアンジェリクはすでに正式な夫婦だった。

 結婚したのだから、一つのベッドで寝ても何も問題はない。

 今夜から、この部屋でアンジェリクは寝るのだ。
 セルジュと二人で……。

 切ないような苦しいような気持ちになった。ドキドキしすぎて胸が痛い。

 エルネストと結婚すると決まっていた時には、少しもこんなふうにならなかった。

 夫婦になれば、まあ、そういうこともするのだろうなと、そういう分野専門の教育係であるブリアン夫人から説明されて、なんだか面倒くさそうだなと思っただけだった。
 少し気持ち悪いけど、みんな我慢しているのだから我慢しようと思っていた。

 なのに……。

 領地を回る時に、領民の若い男女が幸せそうに抱擁し合う姿を見た。
 好きな人となら抱擁も接吻も、あるいはそれ以上のことも、きっと幸せな気持ちで受け入れられるのだろうかと、羨ましく思った。

 自分とは無縁の幸福。

 なのに……。

 出会って、まだ数時間。セルジュがどんな人かも知らない。
 なのに……。

「あ。そういえば、ご家族は?」

 唐突にアンジェリクは聞いた。
 ほかの部屋は使っていない(使えない)ということは、ここにはセルジュしかいないということになる。

 聞いてしまってから、悪いことを聞いただろうかと不安になった。
 何か事情があったら、申し訳ない。

 しかし、セルジュは「家族は王都にいる」と答えた。
 アンジェリクはほっとした。健在なら何より。

 でも、複雑な事情で離れて暮らしているのだとしたら、やはりこれ以上は聞かないほうがいいのだろうか。
 王都に城を構えている貴族が、こんな辺境で暮らすのはかなりワケアリな気がする……。
 
 知らずに難しい顔をしていたらしく、セルジュがぷっと噴き出す。

「そんな顔しなくても、平気だよ。上に兄がいるから、僕は余り物を賜っただけ」
「あ、そうなのね。でも、お兄様がいるのに伯爵ってことは……」
 
 治めているのは辺境の地とはいえ、セルジュの身分は伯爵だ。
 実家は相当な家柄なのだろうか。

 アンジェリクの疑問を察したように、セルジュが教えた。

「僕の生まれはバルニエ公爵家なんだ」

 モンタン公爵家に並ぶ名家だ。

 それを聞いてアンジェリクは、心のどこかで得心していた。

 だから父も折れたのだ。
 王もおそらく同じだ。いくらエルネストが怒って破談にしたいと言ったからといって、まがりなりにも王子の婚約者だった令嬢をただの田舎領主に嫁がせたのでは、格好がつかない。

 せめて侯爵か、伯爵でも中央で高い地位にいる者を選びたかったはずだ。

 それでもセルジュを推した。
 公爵家の生まれとはいえ、国でも最も辺鄙な地を治めるセルジュを。

 エルネストは、よほどアンジェリクを遠ざけたかったのだろう。

 いったい誰に何を吹き込まれたのか。
 気にはなったが、その一方で、その結果アンジェリクに転がり込んできた運命に感謝した。

 すっかり納得しかけたアンジェリクだったが、セルジュはここで爆弾発言を投げつけてきた。

「実家には、勘当されてるけどね」



 
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