辺境の貧乏伯爵に嫁ぐことになったので領地改革に励みます

ブールという土地

 勘当ですって……?

「それって、どういうこと?」
「どういうことも何も、そのままの意味」

 ああ。
 だから、「貧乏伯爵」……。

 バルニエ公爵家の縁続きなら、もう少しマシな領地があったはずだ。
 余り物を賜ったというよりも、余り物しかもらえなかったのだと理解した。

 一晩という短い時間しかなかったが、アンジェリクはブールという土地について可能な限り調べてきた。
 城の図書室にある中で、できるだけ新しい地理の本を探して読んだのだ。

 ブールはアルカン王国最北の地。
 その先は未開の土地だ。

 文字通りの辺境。

 土地は痩せていて、気候も厳しい。
 アルカン王国自体が温暖なせいか、雪が積もることはないらしいが、冬は北風が強く吹き、土も凍るという。
 隣接する国もないので貿易にも向かない。

 深夜のランプの灯りの下で、アンジェリクは唸った。

 貧乏脱却の糸口を、アンジェリクなりに探ろうとしていたのだが、あまりにも打つ手がなさそうだった。
 未開の地というのがどういうものかわからなかったが、北に続く土地が森なら樹木の伐採でもできないかと考えた程度だ。

 以前植物学の教授に聞いて知った、痩せた土地に向く作物の種も持参してきた。
 モンタン領の中にも痩せた土地はあるので、そこに蒔いてみようと思って取り寄せておいたものだ。

 それはそれとして、なぜ勘当?

 聞こうかどうしようか迷っていると、荷物を運び終わったフレデリクが二人の前に戻ってきた。

「お嬢様、全て運び終えました」
「ありがとう、フレデリク。みんなも、ありがとう」

「アンジェリク様……」

 悲しそうな顔をするフレデリクと侍女たちに、アンジェリクは「大丈夫よ」と笑ってみせた。

「お父様とマリーヌとフランシーヌによろしくね。結婚式の準備が整ったら……」

 整うのか? 
 一瞬、不安になった。

 セルジュが後を引き取った。

「準備が整ったらご連絡します。今、少し立て込んでいることがありまして、多少お時間をいただくかもしれませんが……」
「わかりました。そのようにお伝えします。アンジェリク様をよろしくお願いいたします」

 今夜は城下に在できる用意はしてあるとセルジュは言った。だが、まだ日があるので、ヴィニョアまで戻って休むとフレデリクが言い、侍女たちを伴って城を去っていった。

 小型の馬車一台と白い馬を二頭残して、一行が門を出ていく。

 さすがのアンジェリクも目と鼻のあたりが熱くなるのを感じた。
 アンジェリクは、これで本当に、モンタン家のアンジェリクではなくなったのだ。

「お茶にしようか」

 一緒に馬車を見送ったセルジュが、アンジェリクの肩を抱いた。
 泣きたかったら泣いていいよと囁いて、そっと胸に包み込んでくれる。

 トクンと心臓が音を立てた。
 
「大丈夫よ。ちょっと感傷的になっただけ」

 悲しいわけではないのだと笑ってみせる。
 セルジュもにこりと笑った。

「お茶を飲みながら、家の者を紹介しよう。それから、一階があんなことになっている事情も含めて、いろいろと話したいことがある」
「私も聞きたいことがあるわ」
「何でも聞いて」
「なぜブールなの?」

 たとえ勘当されても伯爵の地位と領地をもらえたなら、ほかにも候補はあっただろうに。
 セルジュは苦笑した。

「そのことも、一緒に話そう」


 
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