御手洗くんと恋のおはなし
「一ノ瀬のやつ、俺がバーテンダーしてる、自分も振りたい、なんて言ってたろ。俺は店の手伝いしてるって言っただけで、カクテル作りまでしてるなんて言ってないのにさ」

 当てずっぽうで言った可能性もあったが、そのことが妙に気になった満はお店に隠しカメラや盗聴器がないかを調べてみた。すると案の定、というわけである。

「そっか。あ、あとさ、なんでカウンターに仕掛けられてるってわかったの? モニター映像見たけど、よくわからなかったよ?」
「あの文書のおかげ。俺がお酒飲んでる、みたいな一文あっただろ?」
「うん」
「たしかに昨日、お客さんにカクテル奢られて飲んだんだ」
「え!」
「て言っても、ノンアルコールね。ジュースみたいなもん」
「なんだ」

 ホッとした和葉に笑い、説明を続ける。

「あのお客さんとの会話を聞けるのは、カウンターくらいだよ。あの三人の中では一ノ瀬だけ、カウンターに近づいてたから」

 百合が奢るという発言に、満が作ったドリンクがノンアルコールとも知らずに、飲酒したのだと一ノ瀬は思いこんだのだろう。

「なるほど。やっぱりみーちゃんはすごいね!」

 ニッコリ笑い賞賛してくれる和葉。無邪気すぎるその笑顔が、今の満には少し眩しかった。
 もう少し警戒心を持ってくれないと、今後もああいった輩は後を絶たないだろう。

(今だって、わかってるのかな。男の部屋に二人きりってこと)

 お店には戻ってきた光一も客もいるせいか、和葉にとってここは安全地帯のようだ。
 それもどうか。またムクムクと、満の悪戯心が湧いてくる。

「あのさ、カズ」
「ん?」

 仏が差し出す手は、救済の手だろう。
 でも和葉の目の前にいるのは「仏のみーちゃん」なんかじゃなくて、一人の恋する少年なのだ。
 満は和葉の頬に手を滑らすと、彼女の唇を撫でた。さすがの和葉も、これには身を固くした。

「クリーム残ってる」
「え、あ? ありがとう!?」

 赤くなった和葉が、口を拭こうとして満の手を退けようとする──が、その手首を逆に掴まれて、捕らわれてしまう。

「俺が取ってあげようか?」
「え?」

 満はゆっくり顔を近づける。
 どう唇のクリームを取ろうとしているのか、鈍感な和葉も気づいて混乱し──火事場の馬鹿力を発揮する。

「わぁぁ、大丈夫ですー!」

 慌てて満を突き飛ばし、部屋から飛び出た。本気でなかった満は苦笑して、その背中を見つめた。

(これに懲りて、少しは男への警戒心強めるでしょ)

 と、満がクスクス笑っていると。

「きゃああー!」

 和葉の叫び声と、ズダダダッと転がり落ちるような物音が扉向こうから響いて、満は言葉を失った。
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