御手洗くんと恋のおはなし


・  ・  ・


 満と和葉が出会ったのは、中学一年生の春である。
 ステージアップした少年少女たちの心が浮き立つ季節。しかし満はその当時からすでに、のんびりと仏顔を浮かべていたのだった。

「なぁ、このクラスで一番可愛いのって誰だと思う?」
「そりゃあ林、宮橋、室田じゃねえ?」
「春日井は?」
「あー、あいつは惜しい! 胸が足りん」

 女子が聞けば、失礼極まりない会話を繰り広げる友人たちの輪の中で、

「みんな可愛いのに」

 と、思春期の恥じらいをどこかに忘れてきたような発言をしたのは、もちろん満であった。

「御手洗、お前それまじで言ってる?」

 友人の一人である井本(いもと)が、あきれた様子で満を見やった。

「もちろん。女の子はみんな可愛いよ」
「は~、これだから八方美人フェミニストはダメだ。わかっちゃいねえ」

 やれやれと大げさに顔を振る井本は、とくとくと女子に対する下世話な評価を話しだした。
 スタイルの良さや器量の話、しいては大きなお世話となる発育の良し悪しまで──次は、満がやれやれと肩をすくめた。

「はいはい。でもそれ、本人たちの前では絶対に言うなよ?」
「わかってるって」

 そのとき、教室に一人の生徒が入ってきて、朝の挨拶をみんなと交わしながらこちらに近づいた。
 中学にあがり初めて知り合った、林和葉だった。

「おはよ、みーちゃん!」
「おはよう」

 となりの席の和葉が満に挨拶をしたので、井本は目をパチパチとしばたたかせた。

「みーちゃん?」

 プッと笑った井本を見て、満はムッとする。しかしとなりの和葉は屈託のない表情で答えた。

「うん! 苗字も名前も『み』から始まるから。いいニックネームじゃない?」
「うんうん、いいニックネームだ」

 と陽気に答えたのは、もちろん満ではなく井本だ。

「俺は嫌だって言ったのに」
「えー、だって言いやすいし可愛いよ?」

 反撃した満に、あっけらかんと和葉は言う。

「可愛いのは、いらないよ」

 変なところで思春期らしさを出す満である。井本はコソッと満に耳打ちをした。

「お前ちゃっかり、クラス一の可愛い子と仲良くなってんじゃん! ずりい!」
「ずるいと言われても……」

 となりの席になったがゆえ、である。
 第一和葉は男女分け隔てなくみんなと接する。可愛さと気さくさ、両方を兼ね備えた和葉は当時から、男子のマドンナ的存在だったのだ。
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