御手洗くんと恋のおはなし
「このバカケン! せっかくの契約チャンスだったのに!」
「あいたたた、すみません」

 百合からの大して痛くもなさそうな酔っぱらいチョップを受け、ナベケンは困り顔を作った。
 そんな二人のやりとりを見て、満は首をかしげる。

「渡辺さん、何かやっちゃったんですか?」
「実は今日の商談で、取引先に失礼しちゃって。契約までもう少しだったんだけど……ダメだなぁ、僕」

 恥ずかしげに頭をかくナベケンのとなりで、百合が口をはさむ。

「ナベケンたら、私が電話で席立ってたほんの数分で、取引先の方にコーヒーこぼしちゃってたの! それで先方さん、カンカンになっちゃってさ。あの取引うまくいってたら、今月の目標売上達成してたのにー」
「それは、残念でしたね」

 コーヒーの不手際だけで商談が中止されるなんて、大人の世界は大変だな、と思いつつ満はあいまいに笑う。

「まぁそういう嫌なことは、どうでもいいの。ねぇ満くんの恋バナ、聞かせてよー」
「う……忘れてませんでしたか」
「当たり前よ!」

 酔っ払った百合のたちは、ほんの少しだけ悪い。仕方ないな、と満は観念することになる。女性にはとことん甘い仏様なのだ。

「わかりました。でも小さめの声で、話をさせてくださいね」

 夜のバーは、ジャズ音楽が流れている。その合間に忍び隠すかのように、満は自分の恋の話を語り始めたのだった。
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