罰恋リフレイン
薫が手を振ってくれたから俺は満面の笑みで手を振り返す。
駅の階段を上がっていくのを見届けて鳴り続けているスマートフォンの画面を見ると『氷室紗枝』と表示されている。
今日はしつこいな。薫に変に思われたかもしれないじゃないか。今更なんなんだよ。
楽しかった時間の余韻に浸りたかったのに邪魔をされたことに文句でも言ってやろうかと、応答して「何?」と我ながら冷たい声を出した。
「蒼の家に置きっぱなしの私の物を取りに行きたいんだけど」
やっとその気になってくれたかと安心して「いつでもいいよ。ついでに鍵も返して」と答えた。
「蒼って本当に私のこと大事にしてなかったんだね」
そんなことを言われても別れた女に優しくする理由もない。家の鍵を返してくれないことに不満さえ抱いている。
「鍵を返すなら蒼がいるときの方がいいでしょ。いないときに入ったら部屋の鍵かけられないし」
「いいよ開けたままで出て」
「不用心じゃん」
そんなことは分かっているが紗枝に会うことの方が気が重い。
紗枝から私物を取りに来ると言ってくれたけれど、会えばお互い嫌な思いをする会話しかできない気がした。紗枝とは初めからそんなことが多かった。
俺の気持ちがスマートフォンの向こうの紗枝にも伝わったのか、「じゃあ私の行きたいときに行くから」と暗い声が聞こえる。
「わかった。じゃあな」
俺は紗枝の言葉も聞かずに通話を終えた。
薫と再会してから、もう紗枝のことなんてすっかり忘れていた。だから今日このタイミングで連絡してきたことを恨まずにはいられない。