エリート外科医の灼熱求婚~独占本能で愛しい彼女を新妻に射止めたい~
 

「う、嘘つくんじゃねぇよ。伯父さんが病院を脱走するなんて、普通に有り得ねぇし」

「田所さんは経営者として、これまでずっと第一線を走ってこられたそうですね。しかし、病気で身体を壊されて突然自分の足が止まり、行く先の不安を覚えて、いても立ってもいられず病室を抜け出したということでした」


 だが、抜け出したはいいが、結局病気で体力が落ちていたこともあり、すぐに足が止まってしまった。

 そんな自分に田所さんはさらに絶望したのだという。

 それまで仕事で日本中を飛び回っていた人間が突然病室に缶詰めになり、病院を抜け出したのは一種の現実逃避だったと気がついたということだ。


「でも、そんな田所さんの心に寄り添い励ましたのが、こちらの野原百合さんでした」

「は? そ、そんなこと信じられるわけ……」

「信じられないのでしたら、ご自分の耳で田所さんに確かめられたらいかがですか? ちなみに彼女の実家の野原食堂は、田所さんがまだ駆け出しの頃、大変お世話になった店なんだと田所さんは大変嬉しそうに話しておられましたよ」


 そこまで言うと近衛先生は、隙のない極上の笑みを浮かべた。

 反対に遠野くんは、それまでの高慢な態度が嘘のように小さくなって視線を足元に落とした。

 そして、チラリと目を上げ私の様子を窺う。

 遠野くんは私が田所さんと繋がっていると知り、何か思うところがあるのだろう。

 その目は悔しそうにも、何かに怯えているようにも見えた。

 
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