レジーナ・フルレ
 次の日、王宮では国王の前に、2人の若者が首を垂れていた。
 もっとも、その内の1人は無理矢理させられていただけだったが。

 険しい顔つきをして首を垂れている1人は、最初に花を咲かせたという植物研究者だった。
 頭から生えたカーネ族特有の耳には、髪と同じ色の白色が混ざった灰色の毛で覆われていた。しかし、どちらも疲れきって艶が失われていたのだった。

 もう1人は、その植物研究者が咲かせた花を散らした人間(・・)の少女だった。
 騎士団が調べたところ、この少女は人間とこの国の住民であるカーネ族の間に生まれた娘だという。
 カーネ族の親は、この国の建国の際に魔力の使い過ぎで命を落とした。
 人間の親も、この国の建国の際に起こった人間との争いで、命を落としたらしい。
 少女は騎士によって、手足を拘束されて、顔を歪めて首を垂れていたのだった。

 国王は首を垂れる2人に、顔を上げるように促した。
 そうして、この事態を説明するように、植物研究者に問いかけたのだった。
「本当にわたしは咲かせたのです! 嘘はついておりません!」
 研究者はハナを指差した。
「この者が花を散らしたのです! わたしが咲かせた花を!」
「私は……。私はそんなつもりじゃ……」
「じゃあ、どういうつもりで、わたしの研究室に居たんだ! どうして花が散っていたんだ!」
「私が、私が見に行った時には、花はもう散っていて……。それで……」

 ハナによると、研究室に花を見に行ったところ、物音が聞こえたので音が聞こえてきた方に行った。
 すると、散乱したガラスの破片と散ったばかりの花びらが床に落ちていた。
 物置を聞きつけてやって来た研究者の男性助手は、ガラスの破片と散ったばかりの花の前で呆然と立っていたハナを捕らえた。
 そうして、妙齢の助手は、ハナが研究成果を駄目にしたという事で、騎士団に連絡をしたのだった。

「誤解です! 私はガラスが割れる音が聞こえたから見に行っただけで……!」
「言い訳は不要だ!」
 無実を訴えるハナに、研究者は白目が見えそうな程に大きく目を見開くと、怒鳴りつけたのだった。
「わたしの研究の邪魔をしたんだ! 償ってもらおうか!!」
「償うって……」
「一体、何を……?」という、ハナの言葉は声にならなかった。
 ハナの目の前に、剣を抜いた騎士が近寄って来たからだった。
 ハナは真っ青になると、振り返って国王を見つめた。

「王様! これはどういう事ですか!?」
 国王はただ黙って、玉座に座ったままだった。
 この代わりに、国王の脇に控えていた側近が答えたのだった。
「虚偽の申告をした者達を我らは許さぬ。先ずは人間の娘。お前からだ!」
「待って下さい! 私は!」
「やれ」
 側近が命じると、剣を抜いていた騎士は大きく振りかぶった。

 もう、駄目だと、ハナがギュッと目を瞑った時だった。
 ハナ達の背後の扉が、勢いよく開いたのだった。
「お待ち下さい!」
「せ、先生!?」
 私は扉を開けると、手に抱えていた木箱を大事に持ちながら、大股でハナ達の元に向かった。
 ハナの目の前には、剣を大きく振り被ったままの騎士が呆然と立っていた。
 私はキッと睨みつけると、ハナを庇うように国王の前に立ったのだった。
 側近は眉をひそめると、騎士に、剣を降ろすように指示を出した。
 騎士は剣を降ろすと、そのままハナの横に立ったのだった。

「何者だ? 汚い格好で、勝手に入って来るなどと……」
 一晩かけて、王宮まで馬で駆けて来た私は、さぞかし泥だらけの汚らしい格好をしているだろう。
 けれども、構わない。
 ハナを救えるのならば、彼ら貴族にどう思われようとも。

「私はそこの植物研究者の関係者です」
 私は呆然として私を眺めている植物研究者を指差した。
「そして、ハナのーーそこで捕らえられている少女の家族です」
 ハナがハッと息を飲む音が聞こえてきた。
「家族か……。言われてみれば、其方も人間(・・)だな」

 私のボサボサの茶色の髪には、研究者や国王達の様な耳は生えていなかった。
 私もハナと同じように、カーネ族と人間の間に生まれた者だった。
 この国の建国時に父親の助手であり、人間だった母親を亡くし、更に植物研究者だったカーネ族の父親も亡くしたのだった。

 納得した様子の側近と、その横で無表情で玉座に座る国王に向かって、私は叫んだ。
「王様。私がそこの研究者に代わり、花をお持ちしました!」
「何!?」
 何故か、国王よりも、側近が驚いていた。
「ご覧下さい。これが、彼が咲かせた花ーー『フルレ』です!」
 私は木箱を開けると、中からガラスの容れ物を取り出したのだった。

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