レジーナ・フルレ
 次の日、自宅で朝食を食べていた私の元に、近所のおばさんがやってきた。
「大変だよ!」
「おばさん。何ですか? こんな朝早くに……」
 私は眉間に皺を寄せると、読んでいた新聞をテーブルに置いた。
 おばさんは肩で息をしていた。
「先生のところのハナちゃんが。ハナちゃんが……。騎士団に捕まっちまったんだ!」
「な、なんだって!?」
 私が勢いよくテーブルから立ち上がると、風圧で新聞が床に落ちたのだった。
「さっき、配達の後に連行されて行くハナちゃんを見かけたんだ」
 おばさんは新聞配達の仕事をしていた。おばさんの配達は広範囲にわたり、隣町まで配達に行くらしい。
「噂していた人達によると、ハナちゃんがこの近くに住む植物研究者の研究室に侵入したらしいんだ。明日、王宮に献上する予定だった花を散らしたとかで捕まったらしいよ」

 おそらく、昨日、ハナが話していた植物研究者だろう。どうやら、近くに住んでいたらしい。
 ハナはその研究者の研究室に入って、花を散らした。
 それを見つけた研究者は騎士団に通報して、駆けつけた騎士にハナは捕まったのだろう。
(悪いのは、私だ……)
 昨日、ハナを理由に研究者を辞めると言ってしまった。
 ハナは王宮に献上予定の花を散らしてしまえば、私が研究を続けると思ったのだろう。
 私はグッと手を握りしめると、おばさんを見つめた。

「おばさん。ハナはどうなるんですか!?」
「王宮に献上する花を散らしたんだ。良くても、生涯、騎士団に捕らわれたままか、それとも死罪か」
 私の頭の中は真っ白になった。
 なんとかしてハナを助けなければ。
 けれども、どうやって……?
「先生は騎士団に連絡をして、ハナちゃんを返してもらえないか聞くんだよ。あたしはもう少し、ハナちゃんがやった事について聞いてくるからさ」
 それだけ早口で告げると、おばさんは出て行った。
 私は取るものもとりあえず、騎士団へと向かったのだった。

「何だ? こんな朝早くに……」
 騎士団の詰め所にやって来た私を出迎えたのは、眠そうな顔の騎士であった。
「こちらに連行されたハナ・フルレについて聞きたいのですが……?」
「ああ……。あんた、あの嬢ちゃんの保護者か?」
 騎士の言葉に、私は何度も頷いた。
「あの嬢ちゃんなら、王都の騎士団に連れて行ったよ。王宮への献上品を駄目にしたんだ。それ相応の対価を払わないとな」
「た、対価とは……?」
 私が恐る恐る訊ねると、騎士は鼻を鳴らした。
「そりゃ。献上品の代わりだよ。まあ、無いなら嬢ちゃん自身が献上品になるんだろうな。結構、可愛い子だったしよ」
 私の目から見ても、ハナは可愛い顔立ちをしていた。きっと、他の人が見ても同じ事を思うだろう。
「そ、そんな……」
 私は膝をつきそうになった。
 献上品の代わりーー今回だと、ハナが駄目にした花の事だろう。
 私は騎士に礼をすると、詰め所を後にしたのだった。

「あっ! いたいた、先生〜!」
 自宅に戻ってくると、今朝のおばさんが待っていた。
 おばさんは肩を落としている私の様子から、結果を察したようだった。
「その様子じゃあ、駄目だったんだね」
 私は頷いた。そして、おばさんに騎士団で言われた事を教えたのだった。

「そうかい。私が聞いてきたのは、ハナちゃんが侵入した研究室の研究者が、明日、王様に謁見をするって話だよ。事の次第を報告して詫びるとか」
 やはりそうなったかと、私は思った。
 研究者も献上しようと思って用意をしていたのだろう。難儀な事だ。
「それで、ハナちゃんも王様の前に連れて行って、詫びるらしい」
 その言葉に、私はビクリとした。
「それは、もしかすると……」
「ああ。ハナちゃん自身の命で償うらしい」
 王族に余計な気を持たせたとの事で研究者が、次いでその原因であるハナが処罰されるのだろう。
 私は真っ青になったのだった。

「おばさん、明日で間違いありませんね」
「ああ、明日の午後だと聞いたよ」
 既に研究者は王都に向けて旅立ったらしい。と、おばさんは教えてくれた。
(なんとかしなければ……)
  私の頭の中にハナの笑顔が浮かんだ。
 いつだって私の研究が成功すると、応援してくれた、信じてくれた。
 私に出来る事はーー。
「おばさん。ありがとう」
「あっ! ちょっと、待ちな!?」

 私はおばさんの言葉を無視すると、研究室に一直線に向かった。
 研究室には、まだ咲きかけの蕾がいくつかあった。
(これなら、間に合うかもしれない)
 いや、間に合わせる。
 ハナの為にも。
 私は深呼吸をすると、研究室に急いだのだった。
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