君と私で、恋になるまで

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「……そこでキスの1つも無いわけ?」

「………あると思うのかね。」

「はあ?しょーーもなっ!!」


今、心からの「しょうもない」をいただきました。

そして海より深い場所から連れてきたような溜息を吐き出した彼女は、親子丼を食べていた手を止めてスプーンをこちらに向ける。
行儀悪いんですけど。


「そのよちよちスピード、なんとかしてよ。
聞いてるこっちが疲れてくるわ。」

「……分かります。」



先週の、展示会でのこと。

一樹のクライアントに言われた言葉は、自分の中にぐさりと刺さるものがあった。

そして簡単にバランスを崩しそうになった私を、らしく無い切迫した表情で追いかけてきたあの男に、「触れたい」そう思ってしまった。


スラリと気怠い雰囲気はそのままのくせに、抱き締められた腕が、実はちゃんと逞しくて力強くて。

頬を撫でる焦げ茶色の髪が、猫っ毛でさらりと揺れて。


__触れたことで初めて知ったあの男の温度を、はっきりと覚えている。



「…戻るか。」

暫く無言で抱き締め合っていたが、腕の拘束を解いた男はそれだけを言って、私を見下ろして曖昧に笑った。


涼しい顔の男の行動の意図が、分からない。

確かに、先に触れたのは私の方だ。

離れるのが嫌で、私から手を伸ばした。


だけど、どうしてそれに応えるように抱き締めてくれたの。

目の前の男の口から答えを引き出すことができなくて、私はこくりと、ただ頷いた。



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