君と私で、恋になるまで
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「最近ずっと忙しいって聞いてたから瀬尾には、もしかしたら参加断られるかもって思ってたの。
ありがとね。」
インターン終了後、人事部主催の飲み会に参加して、賑やかな空間の中、そう吉澤さんに声をかけられた。
「…ちょっと驚いた。」
「何がですか。」
「あんた、入社した時は、フレッシュさ皆無の"熱いこと"から一歩距離置いてるみたいな奴だったし。
1週間、ほんと親身に学生達のサポートしてくれて感動したわ。」
なかなか、酷い言われようだ。
人事部からの評価がこの有様で、よく採用されたなとさえ思うと、表情が苦く歪んだ。
確かに彼女のいう通り、俺はあまり教育するとか、そういう立場は全く向いてないと自負はしている。
「…仕事ですから。
苦手でもちゃんとやりますよ。」
「理由、それだけなの?」
「…、」
アルコールが既に入っていた俺は、若干気が緩んでいるのかもしれない。
最近なかなかゆっくり会う時間の取れてない、オフィスでぱたぱたと駆け回る女を直ぐに思い出したら、頬が緩む自覚はあった。
「なんか、良いかなって思ったんですよ。」
「ん?」
「最近ずっと、後輩指導とか引継ぎ、頑張ってる奴見てたら、そういうのも悪く無いかなって。」
本心を伝え過ぎたと、後悔するにはもう遅かった。誤魔化すようにハイボールを喉に流し込むが、吉澤さんは切れ長の瞳で俺を凝視している。
そして、
「それ、桝川のこと?」
と、何の遠慮もなく尋ねてきた。
少しは遠慮して欲しい。
「…枡川だけじゃなくて、
古淵とか、他の奴らもですよ。」
「今無理やり付け足したでしょ。
あのアホより新人の有里の方が、もはやしっかりしてんだわ。」
的を得すぎた答えに、我慢できず少し吹き出して笑うと吉澤さんも楽しそうに微笑んだ。
「…瀬尾と枡川ねえ。確かに良いわ。」
「…何がですか。」
「それに、仲良さそうで何よりだわ。
高めあえる関係は良いわね。」
「そうですね。"同期"、仲良いですよ。」
「あーはいはい、"同期"ね。」
別に何も、嘘は言っていない。
もうこの人にはバレている気もするけど誤魔化すように枝豆の皿を差し出して「黙って食べてください」と伝えたら「話題変えるの下手か」と笑われた。
なぜ俺の周りは、こんな厄介な女が多いのか。
「枡川さ、学生達に"めっちゃ美人"って噂されてたよ。」
「……どの学生ですか?」
「そんな剣幕の奴に、教えられるかい。」
確かに今日、プレゼン後に学生達がちひろに話しかけてるのを見かけた。
……本当、油断ならない。
溜息が自然と漏れてしまえば、やはり楽しそうな吉澤さんが逆に俺に枝豆を差し出して「まあ食えや」とおっさんのように伝えてくる。
すごく面倒くさい。
そして最後に「今度、島谷と枡川と女子会しよ。」という言葉を受けて、心底嫌そうな顔を見せたらまた、爆笑された。
◻︎
「…もう、対価要らない。」
腕の中から聞こえた声が、不満げに少し掠れている。
くた、と俺の胸元におでこをくっつけて背中に手を回してくる女が疲弊している理由は、間違いなく俺のせいで、「ごめん」と笑いを含んで謝罪した。
そのまま腰を引き寄せて名前を呼べば、少し睨みをきかせつつも、結局は顔を上にあげてくれるこの女が漏らした、珍しい言葉。
『…あんまり、格好いいとこばっかり、
他の人に見せないで、』
それはこっちのセリフだと反論しつつも、油断していたところに可愛さを撃ち込まれて、歯止めが効かなかった。
おでこにキスをして抱きしめ直すと、眠気を孕んだ声が「あ、そうだ、」と何か閃きを伝えてくる。
「なに。」
「亜子が…、式場選びとか、
央の代わりに行こうかって言ってた、」
「は?絶対いやなんだけど。」
あの島谷という女はどういう常識の中で生きてるのか。ふざけんな。
でも直ぐ様反論したのに、
特に反応は返ってこない。
ちひろ、と呼びかけて顔を覗き込んだら、既に意識を手放した後のようで、いつもクールに見える顔にあどけなさが含まれている。
…これは、結婚の準備を早く進めないと
外野が色々騒ぎ出してまずい。
そう焦りと決意が同時に生まれて、
すぐ傍の間抜けな寝顔に笑って。
居心地の良い温もりに触れつつ、目を閉じた。
episode01.「ヤキモチの対価」
fin.


