泣きたい訳じゃない。
俺にもう逃げ場はなかった。ここで、この人に中途半端な嘘など通じるはずもない。

「はい、私は以前、高田彩華さんと個人的なお付き合いをさせて頂いた時期がありました。でも、今はお互い納得して、別の道を歩いていると思っています。」

「納得してるのは君だけじゃないのかな。普段は穏やかな彩華さんが、君の名前を聞いた途端にかなり動揺していたからね。」

「それは、今の私も同じです。思いがけないところで、以前お付き合いしていた人の名前を聞けば、動揺するでしょう。」

「では、君と彩華さんの関係を聞いて、動揺していた莉奈のことはどう説明するのかな。」

「莉奈も聞いていたんですか!」

俺は一気に汗が吹き出すような感覚になる。

「莉奈と呼んでいるのか。」

「すみません。後輩なので。」

「本当にそれだけかな。僕の目にはそんな風には映らなかったけどね。」

「莉奈さんにも特には彩華さんの話をしたことはなかったので。」

莉奈は既に俺と彩華の関係を知っていたんだ。だとしたら、先週、梨奈が高田さんの家に行った時に違いない。

「それは話す必要がなかったからか、それとも、話したくない理由があったからか。」

「話す必要がなかったからです。」

これは嘘ではない。実際、莉奈の兄が高田さんでなければ俺は莉奈に彩華の話をするなんて思いもしなかっただろう。

「そうか。では君に話す必要はないけれど、僕は、莉奈にはお見合いの準備をしている。」

「何故そんな話を僕に?」

高田さんは俺と莉奈との関係に確信を持っているんだ。

「僕は君と彩華さんの事は終わった事だし、今更どうする事もできないと思ってはいるが、もし、君が莉奈と特別な関係があるのなら話が変わって来る。」

それで契約をしないつもりなのか。
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