泣きたい訳じゃない。
「谷山さん、プライベートな質問をしてもいいですか。」

「何?」

「谷山さんは彼女とかいるんですか?」

「直球だね。ロスに来てから出会った人がいるよ。」

「じゃあ、暫くは遠距離ですか。」

「そうなるね。まあ、今回は一ヶ月ぐらいのつもりだけど、将来的には日本への帰国も考えてるし、正直、悩んでる。」

「日本に一緒に連れて帰るとかは?」

「それももちろん考えるよ。でも、彼女の人生もあるからね。今、こっちで好きな仕事に就いて頑張ってるのに、簡単には言えないかな。」

「そうですか・・・。」

「渋谷さんは?青柳とは上手くいってる?」

「正直、微妙です。遠距離は思った以上に難しくて。」

「じゃあ、僕は彼女を日本に連れて帰った方がいい?」

「谷山さんの彼女さんの気持ちまでは分かりませんが、私なら少なくとも一度は、その気持ちを言って欲しいです。」

「ありがとう、参考になったよ。この後、彼女と話してみるね。」

ホテルまでもうすぐだ。
私は、もう少し谷山さんと話がしたかった。谷山さんになら、正直な気持ちも話せてしまうから。

「さぁ、着いたよ。」

そう言うと、谷山さんはロータリーに車を停めた。私が車から降りると、谷山さんも降りた。

私はホテルに背を向ける形で谷山さんと向き合う。今日で、谷山さんとはお別れだ。

「渋谷さん、今回は本当にありがとう。留守をよろしくお願いします。」

「こちらこそ、お忙しいのに週末まで引き継ぎをして頂いて、ありがとうございます。彼女さんを大事にしてあげて下さいね。」

「了解です。渋谷さんも気持ちは僕にじゃなくて、青柳に言ってあげてね。」

そう言うと、谷山さんはホテルの玄関の方に向いて、叫んだ。

「約束は守ってるから。俺達の渋谷さんを泣かせるなよ。」

誰に何を言ってるの?
私は玄関の方に視線を向けた。

ここにいるはずのない拓海が近付いて来た。
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