契約期間限定の恋。

「いつもの」

 なんてドラマでしか聞いたことの無いセリフを自分が言うことになるだなんて思っていなかった。手際よく作られたグランドスラムが静かにカウンターに乗る。
 初めてこの店を訪れたとき、カクテルに疎い私に二人だけの秘密という意味を持っていると教えてくれた浩介は、きっと最初からそのつもりだったのだろう。
 さすが話題に事欠かない営業マンですねと感心したら色気がないと笑われたが、不意に細めた双眸でこちらを見つめながらカウンターの下で手を握ってきた。まぁ、イケメンだし筋肉質で体力もありそうだからいいか、なんて軽い気持ちでそのままなだれ込むように浩介の部屋に行き一晩を過ごして以来、約束のようにこのカクテルを頼んでいる。
 浩介が気付いているかどうかは分からないが、こんなだらしない関係になってからというもの、グランドスラムだけは飲み干さないようにしていた。
 明確に付き合いましょうと言われた訳ではないけれど、かといって気持ちを確かめるには度胸がなくて、本気で付き合おうだなんて思っていないかもしれない、私が遊んであげているんだと変なところで意地を張るうちにアルコールがまわってそんなことがどうでもよくなってしまう。
 だったらまだこの秘密がもう暫く続けばいいと、楽しければそれが正解じゃないかと、その日暮らしの根無し草精神だけは健在で、だけどこんな時ばかりはなんだかんだ言いつつ数年先も、こうして酒に浸ってはベッドに転がり込む未来が易々と描けてしまうお気楽な脳みそをアルコールで誤魔化して眠いフリをした。

「眠い?」
「少し」
「帰るか」

 配車アプリなんて便利なツールを巧みに使いこなしてバーにタクシーを横付けさせると、私を乗せてから流れるように相乗りして、これまた流れるような口調で我が家の住所を告げる。
 今日は私の家らしい。下着を吊るした物干しがカーテンレールにぶら下がっているけれど、まあいっか。
 曲がりなりにも有名企業の敏腕営業と花形の受付である。ホテル街を歩いていたなんて妙な噂が流れればその後どうなるかは想像に易い。
 浩介の面子は丸つぶれ、私は良くて契約解除、悪ければその後の仕事斡旋は無しだ。

「着いたら起こすから」

 肩に凭れて目を閉じると三半規管が狂って気分が悪くなったが、膝の上で握ってくれた手の温かさとマリン系の香水の匂いが落ち着けてくれた。
 家に着くまでの三十分程度、私はこうして車内で仮眠を取るようにしている。このあと少なくとも三時間は眠らせて貰えないからだ。
 ベッドで翻弄された翌日、一日中座りっぱなしで楽なはずの私がぐったりしていても、一晩本能的に腰を振っていた浩介のほうはその爽やかさを欠くことはない。
 独身、イケメン、将来有望に加えて巧みな腰使いと来れば、落ちない女はいないだろう。
 その気になればステータスの高い女の一人や二人口説けそうなものなのに、特定の女を作らず私を弄ぶこの男が、憎たらしくて、大好きだった。
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