訳アリなの、ごめんなさい
さらさらと新緑がゆれる並木道を、2人で手を繋いで歩く。
若草色の葉と葉の間から溢れる日の光がキラキラゆらゆらと輝く。
「ふふ、懐かしいわね」
歩きながら笑えば、隣を歩くブラッドが、不思議そうにこちらを覗き込んできた。
「あら、なに?覚えてないの?」
そのピンときていない彼の顔を見て、唇を尖らせる。
「貴方、ここで私に初めてキスしたのよ?ほら、士官学校に行く直前」
忘れもしない14歳の初夏。士官学校に発つ彼に会うために、珍しく私の方から彼の実家のエルガンダに来たのだ。
その時2人で歩いたのがこの並木道。
「あぁ!」
そこまで言われて彼もようやく思い出したように、声を上げた。
「アーシャがポロポロ泣いてたからつい可愛くて、、、そう言えば、あれはここだったなぁ」
しみじみと辺りを見渡す彼に、余計な事は覚えてるのね!と呆れる。
「手紙も送る、休暇になったら会いにくるって言ったくせに、一度も来てくれなかったわ。手紙も無愛想だったし」
拗ねたように呟くと、途端に彼が慌てて繋いだ手を握り直す。
「思った以上にカリキュラムが忙しくて、休暇も自主練なんかに追われているとここまで戻る時間も取れなくてさ」
そこまで言って、ふと彼の顔に影がさしたのが、わかった。
きっと一度でも戻っていたら私を救い出せたのではないかと、、、そう思い至ったのだろう。
「確かに王都からは列車があるにしても、遠いわよねぇ。私ももう少し後だったら腰が痛くて無理だったと思うわ」
話を変えるために、私は繋いだ彼の手を最近少しふっくらとしてきたお腹の側面に擦り寄せる。
「やっぱり貴方の言った通り、帰りは途中下車して一泊してからまた翌日の電車に乗った方が良さそうね」
そうしない?と彼を見上げる。
暗い顔になりかけていた彼の顔がみるみる不安そうな表情になる。
「やっぱりしんどかったんじゃないか!無理するなって言っただろう?戻ったら早速宿の手配を頼んでおくぞ」
「うん、お願い」
いつもの、妊婦の妻をどこまでも過保護に心配する夫の顔に戻った彼は、歩きながら「まだ腰は痛むのか?」「休まなくて大丈夫なのか?」と矢継ぎ早に聞いてくる。
そうなったらそうなったで面倒なので、もっと被害の少ない話の逸らし方は無かっただろうかと後悔した。
2人でゆっくりと歩を進めていくと、並木道が終わり、先に小高い丘が見える。
その周囲には村もあって教会の三角の尖った屋根が一際高い。
もうあそこはカロガンダ地域、、、少し前までウェルシモンズ領と言われた所だ。
「良かった。そんなに荒れてないのね」
数年前に最後に見た姿とあまり変わらない街の様子に安堵する。
もう、私とはなんの縁もなくなった地域だけど、それでも領民の生活は豊かであってほしい。
そう願って、街の外れに視線を向けると、2台の馬車が遠目にこちらに向かってくるのが見えた。
父と兄の棺を乗せた馬車だ。
私がカロガンダに足を踏み入れられない事情を察した義母が、ブラッドの実家近くの教会へ父と母、兄の3人分の棺の受け入れを頼んでくれたのだ。
義母と母は親友だったから、母が愛娘に会えないのはかわいそうだと、、、そう嘆いてくれたのだという。
母の棺は、少し前に継母のベルーナが前妻である母アリーナの殺害を仄かしたため、一度掘り返して遺体の再鑑定が行われた。結果毒殺の兆候が認められ、ベルーナは今裁判の只中である。役目を終えた母の棺は、今はこのエルガンダの新しく用意された墓地で夫と息子の到着をまっている。
そして兄と父の棺の移動日が今日のこの時間。
それに合わせて私達も休暇を合わせて、ストラッド領へ帰省したのだ。
「来たな。俺たちも戻ろう」
遠目に2台の馬車を見とめたブラッドが、私の腰を支えてゆっくりと方向を変えた。
見れば乗ってきた馬車が、私達を追ってすぐそばまで来ている。
並木片道分ならまだ歩けるのに、、、本当に過保護だ。
少しむくれて彼を見上げると、不意に口づけが落ちてきた。
ぎこちないあの日のファーストキスとは違う、狙いすました、悪戯なキスだ。
「実はあれ、ファーストキスじゃないんだよな。」
「は?」
馬車に乗り込むために手を引いた彼が、少し悪戯な笑みを浮かべた。
意味がわからないと首を傾げた私に、彼はクスッと笑う。
「実は小さい頃から何度か、、夜チェスの途中で寝てしまったアーシャに、、、」
「うそ!」
思わず唇に手を当てて彼を見つめる。
そんな事、全然知らない。
だからファーストキスのことも、最初ピンときてなかったのだ!彼にとって、あれはファーストキスでは無かったのだから。
「昔からアーシャに関しては我慢が利かないんだ」
そう言って引き寄せられて、耳もにチュッとされ、ゆるりと腹を撫でられる。それに答えるように内側からポコンと蹴るような胎動を感じた。
「昔って!いつから!?」
「多分10歳を、越える頃には、、もう」
その言葉に絶句する。
「きゃーやめて!私の中の爽やかでピュアなブラッド少年を壊さないで~」
「そんな時代俺にはないと思うぞ」
そう言いながら、楽しそうに夫はもう一度唇を重ねてくる。
今度のそれは、爽やかさなど微塵も感じられない、深くて甘い甘い口付けだった。
完
若草色の葉と葉の間から溢れる日の光がキラキラゆらゆらと輝く。
「ふふ、懐かしいわね」
歩きながら笑えば、隣を歩くブラッドが、不思議そうにこちらを覗き込んできた。
「あら、なに?覚えてないの?」
そのピンときていない彼の顔を見て、唇を尖らせる。
「貴方、ここで私に初めてキスしたのよ?ほら、士官学校に行く直前」
忘れもしない14歳の初夏。士官学校に発つ彼に会うために、珍しく私の方から彼の実家のエルガンダに来たのだ。
その時2人で歩いたのがこの並木道。
「あぁ!」
そこまで言われて彼もようやく思い出したように、声を上げた。
「アーシャがポロポロ泣いてたからつい可愛くて、、、そう言えば、あれはここだったなぁ」
しみじみと辺りを見渡す彼に、余計な事は覚えてるのね!と呆れる。
「手紙も送る、休暇になったら会いにくるって言ったくせに、一度も来てくれなかったわ。手紙も無愛想だったし」
拗ねたように呟くと、途端に彼が慌てて繋いだ手を握り直す。
「思った以上にカリキュラムが忙しくて、休暇も自主練なんかに追われているとここまで戻る時間も取れなくてさ」
そこまで言って、ふと彼の顔に影がさしたのが、わかった。
きっと一度でも戻っていたら私を救い出せたのではないかと、、、そう思い至ったのだろう。
「確かに王都からは列車があるにしても、遠いわよねぇ。私ももう少し後だったら腰が痛くて無理だったと思うわ」
話を変えるために、私は繋いだ彼の手を最近少しふっくらとしてきたお腹の側面に擦り寄せる。
「やっぱり貴方の言った通り、帰りは途中下車して一泊してからまた翌日の電車に乗った方が良さそうね」
そうしない?と彼を見上げる。
暗い顔になりかけていた彼の顔がみるみる不安そうな表情になる。
「やっぱりしんどかったんじゃないか!無理するなって言っただろう?戻ったら早速宿の手配を頼んでおくぞ」
「うん、お願い」
いつもの、妊婦の妻をどこまでも過保護に心配する夫の顔に戻った彼は、歩きながら「まだ腰は痛むのか?」「休まなくて大丈夫なのか?」と矢継ぎ早に聞いてくる。
そうなったらそうなったで面倒なので、もっと被害の少ない話の逸らし方は無かっただろうかと後悔した。
2人でゆっくりと歩を進めていくと、並木道が終わり、先に小高い丘が見える。
その周囲には村もあって教会の三角の尖った屋根が一際高い。
もうあそこはカロガンダ地域、、、少し前までウェルシモンズ領と言われた所だ。
「良かった。そんなに荒れてないのね」
数年前に最後に見た姿とあまり変わらない街の様子に安堵する。
もう、私とはなんの縁もなくなった地域だけど、それでも領民の生活は豊かであってほしい。
そう願って、街の外れに視線を向けると、2台の馬車が遠目にこちらに向かってくるのが見えた。
父と兄の棺を乗せた馬車だ。
私がカロガンダに足を踏み入れられない事情を察した義母が、ブラッドの実家近くの教会へ父と母、兄の3人分の棺の受け入れを頼んでくれたのだ。
義母と母は親友だったから、母が愛娘に会えないのはかわいそうだと、、、そう嘆いてくれたのだという。
母の棺は、少し前に継母のベルーナが前妻である母アリーナの殺害を仄かしたため、一度掘り返して遺体の再鑑定が行われた。結果毒殺の兆候が認められ、ベルーナは今裁判の只中である。役目を終えた母の棺は、今はこのエルガンダの新しく用意された墓地で夫と息子の到着をまっている。
そして兄と父の棺の移動日が今日のこの時間。
それに合わせて私達も休暇を合わせて、ストラッド領へ帰省したのだ。
「来たな。俺たちも戻ろう」
遠目に2台の馬車を見とめたブラッドが、私の腰を支えてゆっくりと方向を変えた。
見れば乗ってきた馬車が、私達を追ってすぐそばまで来ている。
並木片道分ならまだ歩けるのに、、、本当に過保護だ。
少しむくれて彼を見上げると、不意に口づけが落ちてきた。
ぎこちないあの日のファーストキスとは違う、狙いすました、悪戯なキスだ。
「実はあれ、ファーストキスじゃないんだよな。」
「は?」
馬車に乗り込むために手を引いた彼が、少し悪戯な笑みを浮かべた。
意味がわからないと首を傾げた私に、彼はクスッと笑う。
「実は小さい頃から何度か、、夜チェスの途中で寝てしまったアーシャに、、、」
「うそ!」
思わず唇に手を当てて彼を見つめる。
そんな事、全然知らない。
だからファーストキスのことも、最初ピンときてなかったのだ!彼にとって、あれはファーストキスでは無かったのだから。
「昔からアーシャに関しては我慢が利かないんだ」
そう言って引き寄せられて、耳もにチュッとされ、ゆるりと腹を撫でられる。それに答えるように内側からポコンと蹴るような胎動を感じた。
「昔って!いつから!?」
「多分10歳を、越える頃には、、もう」
その言葉に絶句する。
「きゃーやめて!私の中の爽やかでピュアなブラッド少年を壊さないで~」
「そんな時代俺にはないと思うぞ」
そう言いながら、楽しそうに夫はもう一度唇を重ねてくる。
今度のそれは、爽やかさなど微塵も感じられない、深くて甘い甘い口付けだった。
完

