訳アリなの、ごめんなさい
「やめて!おかぁさま!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

両肩を強い力で掴まれて

絶望的な気持ちでその時を待つ。

来る。

バシン

そう思うと同時に背中に熱い痛みが走って、私は悲鳴を上げた。

何度も

何度も

泣きながら許しを懇願しても

それは終わる事がなくて。

泣き叫ぶ私の声に混じって、魔女のような女の高笑いが響く。

助けて


誰か


助けて




ハッと目が覚める。

「お嬢様!大丈夫ですか?」

リラが心配そうにこちらを覗き込んでいて、一瞬私は状況が分からなくて、ぼんやりと周りを見回す。

そうだ、ここは。


「ごめんなさい。なんだか嫌な夢を見たわ」

はぁっと大きく息を吐いて、姿勢を正す。

まだ耳の奥の方で脈打つ音が響いている。


「そのようですね!随分と魘されおられましたから」

水の入ったグラスを手渡され

ありがたく受け取って、一口飲むとスッと身体の熱が引いていき、それと同時に頭の中の靄が消えていく。

そういえば、、、


「今、時間は?」

慌ててリラに問う。
私は一体どれだけ眠っていたのだろうか。

引きつった顔の私に、リラは「大丈夫です」と笑う。

「妃殿下はご予定通り、王太子殿下とお出かけになられました。もうそろそろお戻りかと、、、」

「そう、、、」

ほっと胸を撫で下ろす。


午後の妃殿下の予定は、王妃の宮への訪問で、王太子殿下が、一緒であるため、私の付き添いは必要無かった。

お迎えには、出た方が良いわね。





軽く身嗜みを整えて、頃合いを見て玄関ホールまで降りてゆく。



夕刻に近づいているものの、まだそれほど慌ただしい時間でもないらしく、邸内はとても落ち着いていた。



エントランスホールに降りてもその雰囲気は変わらず、まだ殿下方の帰宅の気配はないのだろう。

そのままホールを出て、馬車をとめる車止めまで向かう。

そこから遥か先に見えるのが、王太子宮の正門で


その上に見える、抜けるような青空が、なんとも清々しいはずなのに

私の心は晴れずに、身体はどこかだるい。


変な時間に寝たせいか


それとも嫌な夢を見たからなのか。



実際に打たれてもいないのに、背中がひりひりするような錯覚

背中に張り巡らされた傷跡が疼いているのかもしれない。
 



「迎えか?」

ぼんやりと門と空の間を眺めていると、声をかけられて、びくりと肩を揺らす。


「ブラッド」



なんでこんなタイミングで会うかなぁ

内心ため息をつき、近づいてきた彼に首を傾げる。

「あら、王后宮には行かなかったの?」

てっきり警護で着いて行っているものと思っていた。

「俺は留守番だよ。あまり大勢で詰めるのを王妃陛下は嫌がるから。ヴィンとエドガーが行ってる。」

「そうだったの、、、」

相槌をうつと、不意に視界に影がさした。
ハッとして見上げれば、

彼が心配そうな顔で覗き込んでいた。



「顔色、悪くないか?」

彼の長くて太い指が伸びてきて、私の前髪をさらりと流す。


どきっと胸が跳ねた。

「疲れが出てくる頃だろう?」



「うん、まぁそうかもしれないわね!」

はははと、笑い、大丈夫大丈夫と両手を胸の前でブンブン振る。


それでも、なお心配そうに見てくる視線が、昔の彼と変わらなくて胸が詰まった。



「大丈夫よ。少し休ませてもらったし!」
でも変に休んだからちょっと怠くなってしまっただけなのよと言うと、少しだけ安心したように彼は息を吐いて

「無理はするなよ」と私の頭をポンと柔らかく叩いた。

それが更に切なくて、私は「うん」と頷くと、スカートの裾に気を取られたフリをして顔を伏せた。

ひどい人ね。

内心ため息が漏れる。

婚約破棄をしておきながら、なぜいつもこんなに優しくしてくれるのだろうか。

折角、忘れようとしていた頃に目の前に現れるなんて。

神様は、残酷だわ。



もう彼には御相手がいて、そうでなくても自分には彼に想いを抱くような資格もない。

涙があふれそうになって、ギュッと力を入れて前を見る。


丁度、門の先に馬車と騎馬のたてる土埃が立っていた。
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