訳アリなの、ごめんなさい
侯爵である義叔父の推薦の甲斐があったのか、王太子妃のお世話役の任はすぐに決定した。

面接や試験があるものと思っていたので、あまりに簡単に決定したことに多少拍子抜けした。
それを言うと、叔父のノードルフ卿は、問題ないと鷹揚に笑った。

もともと王の信を得て世界中を外交のために飛び回っていた父の実績や、父について私自身も外国の社交会に出るなどしていた実績を見込まれたのだという。


とにかく、叔母の家を出て、独自に生活していく目途が立ったことにホッと胸をなでおろす。

 
それからひと月の後、アランが戻ってくるのに先駆けて私は叔母の住むノードルフ侯爵家を出た。


そのまま王都に移ると。しばらく王太子殿下から遣わされた家庭教師に従い、王族のしきたりについて学ぶなどして過ごすことになったのだった。

そうして時が流れ、私が王太子宮に入ることが許可されたのは、王太子殿下の結婚式を一週間前に控えた天気の良い日だった。



「ご身分にも問題なく教養もおありで、隣国の文化に精通しておられる。これほど願った人材はないと、殿下は随分とお喜びでございましたわ」

私付きの侍女と紹介されたリラは、上機嫌に説明しながら、私を案内し始めた。


案内されたのは王太子宮の片隅の2階、中庭に面した部屋だった。

「ご自宅もおありでしょうが、基本的にいつ妃殿下のお声がかかるか分からないので、こちらで生活をしていただいた方が何かと不都合がないかと、ご用意させていただきました。」


リラの言葉に承知していると頷き、部屋を見渡す。
角部屋ではあるが、十分なほどに日差しが入り、窓にはバルコニーもしつらえてある。その下には広大な庭が広がっているのだろう。

寝室と、サロンとして使うこともできるようなリビングがふた間続き、それだけでも十分な広さで、本当にこんな広い部屋を一人で使ってしまって良いのだろうかと内心戸惑う。

しかし、これでも一応、伯爵令嬢と言われる立場の人間である。

これくらいは当然であるというような顔をしておくことにした。



「妃殿下の到着までは、あと3日ほどでございますから、それまでにこちらの生活に出来るだけ慣れておくと宜しいでしょう」

荷ほどきが終わり、お茶を飲んでいると。
リラが気を使って声をかけてくれる。

「勝手に城の中を見て歩いてもいいのかしら?」

私の言葉にリラは「もちろんです」と頷く。

「近衛が立っている場所以外は大丈夫ですわ。何か言われたらご身分を明かせば大概のところは大丈夫でございますよ」

そんなにすぐ信用されて大丈夫なのだろうか。
少し不安になるが、あぁ、そうだ。侯爵である叔父の推薦だからかと納得する。



室を出て階段を降りると、そこはすぐ中庭だった。

少し庭に出てみて、今自分が出てきた建物と、目の前に広がる広大な庭を見渡す。



はぁ、まさかこんなところまで来てしまうとは。


見事な噴水に、整備された青々とした芝、そして、その庭を横切る3階建の白亜の建物。

流石は王太子宮だわ。

感嘆とともに、ふと故郷の城を思い出す。

こんな、立派な建物と比較するのもおこがましい、ような古城だった。

田舎とはいえ、庭もこれほど広くはなかった。

しかし、そんな小さい庭でも、犬と走り回り、時々兄や近隣の領地から遊びに来る幼馴染達と、ピクニックと称してサンドイッチを食べたりした。

あの頃が一番楽しかったなぁ

ふと懐かしさがこみ上げてきて、大きく息を吐いた。


しかしあそこにはもう行くことは出来ない。

いや行きたくない。


大好きな亡き家族との思い出がつまっていたけれど

私はきっと生涯あそこには足を踏み入れられない。



思いがけず嫌なことを思い出してしまって、またため息を吐く

なんだって新しい門出の日に、こんな落ち込まなければならないのだ。



「おい、危険だと言っているだろう!」

「ひゃぁ!」

突然男性の強い口調と、強い力で二の腕を掴まれ、乱暴に後ろに身体を引かれた。

何?何か起こったの?


慌てて、我に返って、自分の足元を見た私は、そこで身体を緊張させる。

目の前、正確には足元になのだが、大きな穴がポッカリと口を開けている。

あと一歩前に出ていれば、確実に落ちていた。

なぜこんな整備された庭のど真ん中に穴?

下がろうと、土を踏み締めていた足に力を入れると

パラパラパラ

「あ、、」

まずい、これ崩れる

人間こういう時、身動きが取れなくなるもので呆然と足元をみることしかできなかった。

穴の底までは大した高さではないのだが、それでも足がすくむ。


「大丈夫だ、支えているから、落ち着いて下がれ。」

固まってしまっている私を落ち着かせるように、二の腕を掴む手の主が声をかけてくる。

そこで、そう言えば誰かが私を支えてくれていた事を思い出す。

それでも、足元から目が離せず、恐る恐る柔らかな土を踏み締めてようやく2.3歩下がった。

「全く、庭はまだ所々工事中なんだ、申し送りされていないのか?立ち入り禁止の看板あっただろうに!」

ようやく安全なところまで下がって息を吐いた私に、助けてくれた男性が呆れたような口調で言う。


同時につかまれていた二の腕が、開放され、ほっと安堵の息が漏れた。


「あ、ありがとうございます。助けてくださって」

慌てて助けてくれた人物を振り返る。

すぐにに飛び込んできたのは、白い、、騎士の制服(しかも胸元にいっぱいついてる!)

随分背が高いのか、視界には御相手の胸のあたりしか見えない。

その距離でも分かる、がっしりと鍛えられた体躯。

これは私とんでもない方にお世話になったのでは、、、。

恐る恐る顔を見上げてみる。

あ、眩しい



ちょうど、御相手の顔と、降り注ぐ夏の日差しが重なり目を細める。

なんとなく、スッキリした顎のラインと、短く切りそろえた栗色の髪だけがはっきりと視界に入ってくる。


「アーシャ?」

え?

こちらを見下ろしている騎士の口から、出た言葉に、私は固まる。

なぜ私の、しかも親しい人しか呼ばない愛称をこの人は知っているの?

え、まさかお知り合い?

慌てて少し角度を変えて、彼の顔を確認すると。


「っーーーブラッド!?」


そこにいたのは、随分と会っていない幼馴染で、そして元婚約者だった。
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