ごきげんよう、愛しき共犯者さま
今日、花を吐きました

 嘔吐中枢花被性疾患(おうとちゅうすうかひせいしっかん)。通称、花吐き病。
 片想いを拗らせると口から花を吐き出すようになり、それ以外の症状は現在確認されていない。吐き出された花に他者が接触すると感染してしまうため、吐き出した花の処理は自身で(おこな)う必要がある。
 遙か昔から潜伏と流行を繰り返しているせいか、年代によって認知度に差があり、最悪の場合は死に至ることもある厄介な病。根本的な治療法は未だ見つかっていないが、両想いになると白銀の百合を吐き出して完治となる。

「あ、完全に相手のことを諦めた場合も一応完治ってことにはなるのかなぁ」

 高校一年の秋。九月某日。自宅のリビングでげろりと花を吐いて、パニックな頭のまま、同じくパニックになっていた母に呼ばれた救急車で運ばれた私に向かって、初老の医師はのほほんとそう(のたま)った。
 かなぁ、とか。言われても、知らんがな。そもそも、諦められるような恋心なら、花を吐くほど拗らせたりしていない。

「あの」
「ん? 何かな」
「花を吐き続けたら、どれくらいで死にますか」

 恋をしている自覚はある。それを拗らせていることも、拗らせてしまうようなものだということも、諦められるようなものじゃないことも、自覚している。
 ならばもう、一択だろう。

「……想いが実る可能性は、ないのかな?」
「ゼロですね」
「……諦めたり」
「できたら、花吐いてません」

 己が死ぬその日まで、花を吐くしかない。
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