生贄になる予定が魔界の王子に頭突きを食らわせてしまいました
 この、全身の毛穴が開くような気配はなんだ。
 この、骨の芯まで凍るような冷気はなんだ。
 この、祭壇の上に広がる闇の塊はなんだ。

 こんなものが、神だと言うのか?

 鈴の音も神官たちの声も止みアリシアには早鐘のような自分の心臓の音しか聞こえない。
 誰もが時を止めたように広がり続ける闇を見つめることしかできない。

 すっ……と闇がアリシアの頬を撫でた。
 違う。手だ。白く、美しい手だ。
 闇の中から現れた手がアリシアの頬を撫でているのだ。

 闇に呑まれているから肘から先しか見えないが、人間と同じ形をした美しい手だった。

 しかしこんな闇の中から現れるものが果たして人間だろうか?
 ゆるゆると視線を動かすと青い眼が見下ろしていた。
 闇の中に青い眼だけが浮かんでいる。それはまるであの空の月のようだった。

(あの月と同じ……)
 そう思った途端、


 なんだかとても、イラっとした。


 だってこの断りもなくアリシアの頬を撫でている手の持ち主は、アリシアがこんな目に合っている原因の月と同じ色の眼なのだ。
 どう頑張っても月に手は届かないが、この青い眼は射程距離内。

 そして相手は花嫁を迎えに来た神の使いだかそれ以外の禍々しい存在だか知らないが(気配からして後者の線が濃厚)このまま黙っていたらアリシアの命は確実に消えるだろう。


 ――だったらせめて一矢報いてやる。


(食らえ巫女巫女(みこみこ)アリシアあたっくぅぅぅぅぅぅうぅううぅぅ!!!!!)

 ド根性で香の影響を振り切ったアリシアは、反動をつけて青い眼めがけて自分の頭を打ち付けた。



 ガッチイィィィィィン!!


 
 何か硬いものがぶつかるような音と同時に額がジンジンと痛む。

  (人外にも頭突きってできるんだ……)

  なんだか妙な達成感を感じた瞬間、そこで世界は暗転した――。
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