生贄になる予定が魔界の王子に頭突きを食らわせてしまいました
目を開けるとふかふかとしたベッドの上だった。
夢を見ていたのだろうかと思ったが、閉じ込められていた部屋のカビ臭いベッドとは明らかに質が違う。
こんなに面積も無かったし、こんなに繊細なレースの天蓋も付いてはいなかった。
「あ、目が覚めました? とっても気持ちよさそうに眠っていましたよ」
くすくすと楽しげに笑う声の方へ顔を向けると、そこには肘をついてベッドに寝そべった美女がいた。
――いや、青い瞳を彩る長いまつ毛や紅い唇、白い繊細な顔の輪郭は女性のようだが声は男性だ。さらりと音がしそうな黒髪も前髪以外は短い。
何故か唇の端が切れて血が滲んでいるが、どこかにぶつけたのだろうか?
「あの……ここは? それにあなた、そのけが……。私、軽い治療ならできるのでしましょうか……?」
そう声をかけながら起き上がる。香はもう抜けているようだ。
「自分の状況も僕が誰かもわからないのに心配してくださるなんて優しいんですね」
青年は蕩けるように目を細めた。
「膿んでしまったらいけないから……」
「ありがとうございます。本来ならこのくらいの傷すぐに自分で治せるんですけどね。でもこの傷は僕の初恋の証ですから。しばらくこのままにしておきたいんですよフフフ」
「はぁ……?」
初対面の相手に失礼だとは思ったがつい訝しげな声が漏れる。
「あ、喉渇いてませんか? お水持って来ますね」
言いながらベッドを降り水差しの置いてあるテーブルに近づく青年の姿をまじまじと観察する。
年齢はアリシアより少し上……20才くらいに見える。低すぎず高すぎず耳に心地よい声で穏やかに話すところや、ピンと伸びた姿勢は育ちの良さを感じさせた。水をコップに注ぐ所作も優雅だ。
この豪華な調度品に囲まれた室内に自然と馴染む姿はまるで王族か貴族のようだが、王国軍の正装に似た黒い軍服に赤いマントを着けているということは軍人なのだろうか?
「そうそう先程の質問の答えですが……」
青年は爽やかに微笑みながら
「ここは貴女達の言葉で言うところの魔界。様々な異形の種族が共存して暮らしています。動物や植物も人間からすると規格外に大きいものが生息しているみたいですね。
そして僕はこの国の第三王子クライヴェル・オーギュスター・アルマです」
そう続けた。