夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜
12.


 次の日の昼過ぎ、外出中の西谷さんに頼まれて、別階の小田島課長に書類を届けに行った。
 フロアに入る直前に、出て来た人とぶつかってしまった。
「すみません!ああ、書類が……」
 須藤さんだった。
 大分慌てているようで、私が落とした書類を拾おうとしてるけど、手が上手く動かないのか、拾えてない。
「あの、大丈夫ですよ」
 しゃがんで一緒に書類を拾う。
 フロアのガラス扉から、小田島さんが顔を出した。
「何やってんだ。いい、俺がやるから須藤は行け」
「すいません、ありがとうございます。小平さんも、すいません」
 須藤さんは早口でそう言って、ちょうど来たエレベーターに乗って行ってしまった。
 余りの素早さにぽかんとしていたら、小田島さんが散らばった書類を拾いながら、ニカッと笑った。
「本田がね、病院に向かうって、連絡してきたんですよ」
「あっ、産まれるんですか?」
「そうみたいです」

 あの出産の痛みをもう一度経験するんだなあ、と思うと、身震いがした。頑張って本田さん!

 念を送っていたら、小田島さんが書類をまとめてくれた。
「あれ、これ俺に?」
「はい、でも順番がバラバラになってしまったので、直します。あっちのテーブルお借りしてもいいですか?」
「ああ、じゃあお願いします」
 ミーティングスペースに移動したら、小田島さんも一緒に来てくれた。
「これ西谷が忘れたやつだ」
「はい、さっき電話がかかってきました」
「相変わらず抜けてんだよなあ」
 呟きながら、書類を並べるのを手伝ってくれる。
「もう慣れましたか?ウチの会社」
「はい、おかげさまで楽しく働いてます」
「それは良かった」
 小田島さんはニヤッと笑う。
「優秀な猛獣使いだって聞いてますよ」
「猛獣?」
「あのトゲトゲしいハリネズミを手なづけてるって」
「あー……ハリネズミって猛獣でしたっけ」
「どうだったかなあ。ヤマアラシかハリセンボンでもいいかな」
 小田島さんが吹き出して、私も笑った。

 中村さんのツンツン口調を思い出す。
 可愛い時もあるんだけどなあ。苦笑しか出てこない。

「今まで本田と久保田くらいしか扱えなかったから、小平さんが仲良くしてくれて、周りは安心してるんですよ」

 小田島さんもなかなかいい顔してるなあ。この会社、結構イケメンが多いんだよね。目の保養には事欠かない。

「久保田は忙しいし部署も違うから、本田ほど構ってやれないし。西谷がほんと助かるって言ってました」

 そういう風に言われるのも複雑……。
 まあでも、どんな形でも必要とされるのは、ありがたいことだ。

 書類を揃えて、小田島さんに渡す。
「ありがとうございます。助かりました」
 ミーティングスペースを出ようとすると、待っていたかのようにシステム2課の人が来た。
「小田島さん、須藤さんていつまで休みですか?」
「さあなあ、2人目だし順調だから、多分今日中に産まれるって言ってたな。とりあえず明日は休みかもしれないけど、本田の入院中は時短で来れるって言ってたぞ」
「えっ休みじゃないんですか?」
「上の子は保育園だから、入院中は時短でいいんだ。本田が退院したら、本格的に育休に入るんだと。だから、それまでに準備することになってる」
 話してるうちに、もう1人の人もタブレットを抱えてこっちにやって来た。
「って、俺言ってなかったか?」
「聞いてませんよ。前に聞いたら『産まれてみないとわかんない』って小田島さんが言ったんじゃないですか」
「あーごめんごめん。でもほら、須藤はいついなくなってもいいようになってただろ?」
「そうですけど、今日の今日はちょっと急過ぎて。明日までのやつがあります」
「いいよ、須藤の分は俺がやるから」
「自分の仕事もあるのに1人でできる訳ないでしょう、寝ない気ですか」
「とにかく振り分けますからね」
「えーできるよ、お前ら俺を誰だと思ってんだよ」
「はいはい課長サマ、みんなで頑張りましょう」
 小田島さんはミーティングスペースに連れられて、逆戻りしていった。

 そうか、本田さんは里帰りしないって言ってたから、須藤さんも頑張らないといけないんだな。
 夫婦で育児休暇が取れるなんて、やっぱりここは優しい会社だ。しかも、周りが全然嫌な顔してない。なんて素敵。
 夫婦で育休は2回目だって聞いた。前の時は、須藤さんは予定してなかったけど、本田さんが切迫早産で入院したのもあって、無理をさせないように、急遽須藤さんも育休を取ったらしい。
 それを踏まえての、今回。前回と同じく、本田さんは1年、須藤さんは3ヶ月取るんだそうだ。


 それにしても雰囲気いいなあ、システム2課。
 今いるチームもいいけど、ここもいい。
 こういうところで、ずっと働けるといいんだけどな。

 派遣社員という身の上は、そうもいかないことを知っている。

「あの、では私は失礼します」
 本格的に話し合いが始まる前に、と思って声をかける。
 3人とも振り返ってこちらを見た。
 小田島さんがニカッと笑う。
「すいません、バタバタしてて」
「いえ、大変ですね。何かできることがあれば言ってください」
「ありがとうございます。じゃ、そん時は遠慮なく。ああそうだ、ハリネズミに、産まれそうだって伝えてやってください」
「わかりました」
 笑顔で答えた。



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