夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜


 フロアを出たら、エレベーターから久保田さんが降りて来た。外出から帰ってきたみたいだ。
 一緒に乗っていた女性たちが、目をハートにして見送っているのが見える。
 やっぱりモテるよなあ、この人。
 うんうん、と納得する。
 太一も将来はこんな風になるのかな。外見はともかく、中身も久保田さんみたいに、仕事ができる人になってほしいんだけど。

 久保田さんがこっちに向かって来たので、軽く会釈をする。
「おかえりなさい」
「あれ、何か用事でしたか?」
 私を見て、笑顔になる。能面じゃない、家で見る笑顔だ。
「はい、小田島さんに資料を渡しに」
「そうでしたか」
 私も笑顔を返して、思い出す。
「あ、本田さんが入院したそうです」
「え……」
「私が来た時に、ここで須藤さんとぶつかってしまって。須藤さん、凄く慌てて帰って行っちゃいました」
 久保田さんの表情がすうっと青ざめた。
「本田さん、何かあったんですか?」
 つかみかかられそうな勢いだ。その勢いに押されてしまう。
「あ、あの、産まれそうだから病院に行くって、連絡があったみたいで」
 それを聞いて、久保田さんの勢いは止まった。
「ああ、なんだ……」
 ほうっと息をつく。
「すみません、紛らわしい言い方して」
「こちらこそすみません、何かあったのかと思っちゃって」
 ごまかすように笑っている。今度は能面笑顔だ。
 さっきまではそうじゃなかったのに。
 私が話す順番が悪かったから、動揺させちゃったせいかも、と思った。

「あの、それで今、システム2課の方達でスケジュール調整をしてます」
 手でミーティングスペースを示すと、ああ、と久保田さんの顔が引き締まった。仕事モードに入ったみたいだ。
「僕も顔出してきます」
 久保田さんはデスクに寄らずにミーティングスペースに入っていく。
 それを見送って、私も階段に向かった。

 さっきは悪いことしちゃったな。
 久保田さんの青ざめた顔を思い出す。
 ただごとじゃないって感じの勢いだった。
 きっと心配してるんだな。本田さんは久保田さんが入社した時に同じチームだったらしいし、産休入りの時にわざわざ見送りに来たくらいだし。須藤さんのことも、信頼できる先輩だって言ってたし。
 職場にそういう先輩や上司がいるのって、実は凄く運が良いことなんだ、って、働き出してから知った。
 やっぱりここはいい職場だな、と改めて思った。
 
 
 デスクに戻って、中村さんに本田さんが入院したと報告する。
 今度は、ちゃんと産気づいたことを先に言った。
 中村さんは、顔の前で手を組んで、祈りのポーズをとる。
「頑張れ、千波先輩……!」
 一生懸命で、可愛いなあ。
 ハリネズミは、トゲはあるけど顔は可愛いんだから。こういうところを見たら、きっと印象が変わるのに。
 祈る中村さんを見守りつつ、仕事に戻った。



< 37 / 83 >

この作品をシェア

pagetop