夕ご飯を一緒に 〜イケメン腹黒課長の策略〜
18.


 家に帰ると、出ていった時と同じ光景が広がっていた。
「おかえりー」
 太一はまだゲームをしている。こちらには見向きもしない。対戦ステージと相手が変わっているだけだった。
 お風呂には入ったようで、髪の毛の先が濡れている。そしてパジャマだ。
「……ただいま」
 シンクに使った食器と土鍋を置く。
 食洗機を見ると、丼と箸が一つずつ。そこに続けて持って帰ってきた食器を入れていく。
 スイッチを入れて、あとは土鍋に水を入れる。お風呂の後で洗おう。
「完食?」
 カウンターの向こうから、太一が覗き込んでいる。ゲーム画面は『Pause』の表示。
「うん。おいしかったよ。久保田さんおかわりしてた。ごちそうさま、って」
 太一が頷く。口角がちょっと上がってる。嬉しいんだな、きっと。
「ありがとね、太一。あのさ……」
 話そうとするけど、やっぱりなんて言ったらいいのかわからない。
 言い淀んでいると、太一が口を開いた。
「仲直りできたの?」
 シンプルな言葉。
 太一の目は優しかった。
「うん……ちゃんと話してきたよ。月曜日から、また来るって」
 久保田さんの笑顔を思い出して、私も笑顔で言えたと思う。
 太一も微笑んでくれた。
「わかった」
 そしてゲームに戻りかけて、首だけ振り返った。
「月曜日から?」
「うん」
「なんで?」
「なんでって。そういう約束じゃない」
「明日からじゃないの?」
「明日は土曜日でしょ」
「そうじゃなくてさ……」
 太一は呆れたように息を吐いた。
「毎日来ることになったんじゃないの、って聞いてんの」
「え……?」
 よくわからなくて、ぽけっと太一の顔を見ていたら、またため息をつかれる。
「平日だけから、毎日になったんじゃないの?」

 あっ。つまり、そういう風に関係が進んだんじゃないかってこと?

 なにその聞き方、と思ったけど、呆れながら恥ずかしそうにもしている太一の態度を見ていたら、こっちも恥ずかしくなってきた。

「あの、はい、そうです……」
 顔がほてってきた。
 太一もちょっと顔を赤くしている。
「わかった」
 そう言って、ぷいっとゲームに戻ってしまった。

 今が、聞くチャンスかもしれない。

 太一を追いかけて、隣に座る。
「……なに」
 目はテレビに向けて、仏頂面だ。
「あのさ、太一は嫌じゃない?久保田さんが毎日来ても」
「別にいいよ」
「えっ?」
 あまりにもあっさり言われたので、拍子抜けしてしまった。
 太一は、ちょっと呆れながら言う。
「嫌だったら、うどん作ったりしない」
「……そっか、そうだよね」
 言われてみれば、そうだった。さっき私は、太一に送り出されたんだった。
「久保田さんならいいよ」
 太一はそう言って、ゲームを続ける。
「いい人だし、ご飯きれいに食べてくれるし。……お母さんのこと、大事にしてくれそうだし」
 最後のは、ごにょごにょしてて聞き取りにくかったけど。

 どうしよう。凄く嬉しい。
 太一が急に大きく見える。
 同時に、生まれてから今までの姿が、一瞬で頭の中を駆け巡る。
 愛しさがあふれ出て、思わず抱き付いた。

「うわっちょっとなに!」
 いきなり飛び込んできた私に押されて、太一はソファの背もたれに沈んだ。
「今戦ってんの!」
 首元に抱き付いたので、私が邪魔でテレビが見えないらしい。
 テレビからパンチ音が聞こえた。必殺技の音だ。
「あー負けた……」
「ごめんね」
 テレビが見えるように少しずれた。
 太一の手が背中に回る。私を挟んでコントローラーを操作している。
「太一、好き」
「はいはい」
「太一、大好き」
「わかったわかった」
 まともに相手をしてくれない。
 まあいいんだけど。
「言う相手、違うんじゃないの?」
 思わぬことを言われて、腕に力が入る。
 太一はぐえっと喉を鳴らした。
「しぬ……」
「あ、ごめん」
 ちょっと離れて、冷静になる。

 ……そういえば、私、言ってない。
 久保田さんからは言われたけど。
 不意打ちで、腰が抜けそうになったけど。
 私からは言ってなかった。

「風呂入れば?」
「あ……そうだね」
 考えるのは、お風呂でしよう。

 準備をしてる間に、思い出した。

「太一」
「なに」
「今日のこと、美里ちゃんにはお母さんから言うから。太一は言っちゃ駄目だよ」
「……報告してって言われてるんだけど」
 やっぱり今日のことは、美里ちゃんの入れ知恵だったか。
「お母さんから言っちゃ駄目って言われたって言っていいから」
「……わかった」
 太一は口を尖らせていたけど、これは譲れない。
 絶対ね、と念を押して、お風呂に向かった。

 別に太一から報告されてもいいんだけど、情報筒抜けは困る。
 これから先のためにも、後でちゃんと言っておかないと。
 それに、今日のことだけは、私の口から報告したい。
 美里ちゃんには、話を聞いてもらったし、感謝の気持ちも伝えたいから。



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