花を愛でる。



その午後、他の会社との打ち合わせから戻ってきた私たちは社長室へ向かうエレベーターの中で二人きりとなる。


「遅くまでごめんね。あの社長話し始めると長くて止まらないから。だから逆にこっちのペースに乗せやすいっていうのもあるんだけど」

「いえ、気にしないでください」

「今日はもう戻ってくれて構わないよ。今日のことで何か質問ある?」

「……」


社長の背中を凝視し黙っている私を不思議に思ったのか、「ん?」とこちらを振り返った彼と目が合う。


「なにかあった?」

「あ……」


最近少し距離を感じていた彼が私に歩み寄ってくれた気がして、思わず心の内に潜めていたことを口に出して問い質したくなる。


「結婚するって本当ですか?」


なんて、言えないしなあ。口から飛び出しそうになった言葉を咳払いで誤魔化した。


「特に何も。本日もお疲れさまでした」

「……」

「……なにか?」


今度は私の顔を見つめてきた彼が不意に腕を伸ばしてきた。そして彼に手が触れたのは私の右頬。真剣な表情に反応が鈍り、思考がこんがらがる。

と、


「埃だ」

「……へ?」

「ついてた」


彼の指先を目を向けるとちまっとした埃が付着していた。
社長は私の顔と指に付いた埃を見比べ、そしてふっと微笑んだ。


「どこで付いたんだろう」

「さ、さあ」


するとエレベーターが該当の階に到着し、扉が開く。颯爽とエレベーターを降りていく彼の背中を眺めると取り残された私ははあと深く息を吐き出す。
き、緊張した。というかどうして私は彼の一挙一投足に振り回されているんだ。


「(疲れる……)」



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