真紅の花嫁
山の奥深く。

生い茂る森の中で、少しだけ開けた空間。日差しがちらちら降り注ぎ、心地よい風が吹き抜ける。
中央には周りよりも少し大きな木が生えており、その木の下に漆黒の髪の青年が瞼を閉じながら惰眠を貪っていた。

「どんぐりー」

明るい声色が頭上から聞こえてきた。
そして、眠っていた青年の頭の上にどんぐりが数個落ちてきた。コロコロと身体に当たりながら落ちていくどんぐりに、不機嫌そうに眼を開ける。
「起きたか? (くろ)
黒と呼ばれた青年は声のする方向――真上の木の枝に座っている人物を睨む。
真下にいる黒を見下ろし、にしし、小さく笑う青年は少年のようにも見える。

「何をサボってる?」
落ち着いた、それでいて少し威圧的な声が木の裏から聞こえてきた。
黒は目を向けるのさえ億劫だとでも言いたげにため息をつく。
(おう)、見つけてくれてありがとう。―――黒、儀式までに花嫁は見つけられるのかい?」
木の陰から出てきた髪の長い青年の言葉に、黒は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「…チッ うるせぇ奴」
「駄々こねるのはいい加減卒業したらどう?」
反抗的な黒に青年は眉一つ動かさずに言葉を返す。優しそうな声色とは裏腹に刺々しい物言い。彼の内面を物語っているようだった。
(はく)、黒! 会って早々ケンカすんなよ!」
木に登っていた黄が二人の険悪な雰囲気に耐え切れず、降りてくる。
黄の仲裁も煩わしいというように、黒は立ち上がり、二人に背を向ける。
「黒」
「兄貴面すんなよ、糸目野郎。俺に構うんじゃねぇ」
白の静止の声にいら立ちを隠すこともなく言い放たれる言葉。その言葉の端々には憎しみが感じ取れる。
「おい、黒! …行っちゃった。どうすんだよ白」
「……」
姿の見えなくなった黒にがっくりと肩を落としつつ、白を振り返る黄。
白は黒の消えた方向を眺めていた。その表情からは胸の内は隠され、何を考えているのかはわからなかった。

やがて視線を外し、黒とは反対の方向へ歩き出す白。ついてくる黄に視線は向けずに言葉を紡ぐ。
「…黄、黒の動向を見ていてくれる?お前は鼻が効くからね」
「いーけど、花嫁選びってそんなに必要なのか?」
「そうだよ、またお前にもわかる日がくる」
白は最後に人好きしそうな笑みを黄へ向けると、再び前を向き歩き出した。

かすかに香る花の匂いを感じながら。



「結羽ちゃん、いらっしゃい」
「結羽、久しぶりだなぁ」
「おじいちゃんおばあちゃん、久しぶり!」
2時間ほど電車に乗って降り立った駅に立っていたのは、小さい頃以来会うことはなかった祖父母だった。
顔もうろ覚えだったけれど、姿を見た瞬間に思い出すことが出来たみたいだ。すぐにわかった。
「父さん、母さんも、無理言ってごめんな」
「気にせんでいいのに、結羽ちゃんも来たことだし賑やかになるのに悪いことないよ」
申し訳なさそうな父に、笑いながら話す祖母。
二人の人柄は父とよく似ていたから、私はこの祖父母が昔から好きだった。
私たちは荷物を車に積んで、家へと向かった。



「古い家だけど、我慢してね。結羽ちゃんのお部屋もつくらないとねぇ」
「あ、気にしないで…大丈夫」
着いたのは1階建ての木造平屋。昔から変わらない、祖父母の家だ。
私たちが来たことで嬉しそうにする祖父母を見るのは悪い気分ではなかった。まだ傷は残っているけれど、きっと時間が解決してくれるだろう。

そう自分に言い聞かせていると、ふと視線を感じた。

家に荷物を運んでいる家族と違う方向からだ。ぱっと後ろを振り返る。
視線の先には真っ赤な鳥居と、鬱蒼とした森があった。昼とはいえ、木が生い茂る森は暗く、感じる視線に不安になる。

ふと目線を滑らせると、木々の間に黒い影が見えた。目を凝らそうとするも、その影が私の視線に気付いたのか、木に素早く隠れてしまった。
引っ越してくる家族が珍しいから見ていた町の人だろうか。
疑問を抱きつつも、確かめるすべはないのでどうにもならなかった。この町は私たちがいたところよりも田舎だ。
―――だからきっと物珍しさに見ていただけに違いない。
感じる不安を振り払いながら、そう思い込むことにした私は、祖父母と父の荷物運びを手伝い始めた。


「……結羽」
元気にふるまおうとしつつも、時折ため息をつき故郷を恋しがる少女を見つめる。
そして、口にした名は木々の間に儚く消えていった。
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