あの日の恋は、なかったことにして
【8】「好き」の気持ちは、上書き可能である。
「ちょっと、何言ってんのかよくわからない!」

 突然のプロポーズに驚いて、思わず猪狩くんの手を振りほどいてしまった。

「いろいろとすっ飛ばしすぎでしょ! 付き合ってもいないのに、なんでいきなり結婚なのよ!」
「そんなの、すずの処女をもらったんだから、当たり前じゃないか!」
「こんなところで、処女とか言うな!」

 信じられない! いろいろと!


 私は恥ずかしさのあまり、両手で頬を押さえながら猪狩くんに背を向けた。

 なにがどうなって、こんなことになってんの!?


 すると猪狩くんは、今度は背中から私を抱きしめた。
 窓ガラスには、ふたりの姿が夜景に紛れて映っている。

 いつの間にか、フロアは私と猪狩くんのふたりだけになっていた。
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